TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み
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続き
2008年4月20日
※サーバがとんだとのことですので、再掲載します。
前回の続きです。
事業に求めるものは、その対価としてのお金であるべきであって、気持ち的なものや心の満足でその穴埋めをしてはいけない、ということを前回書きました。
気持ちや心の満足感をもって、対価で得るべきお金の穴埋めとして考えるようになってしまうと、事業収支の下ぶれリスクを増大させ大変危険だから、という理由でした。
この気持ち、や心、について、もう少し詳しく考えたいと思います。
ここでいう、気持ち、心、というのは、事業を行なう過程において得ようとするものと、案件を解決したり、ユーザーに提供した結果として得ようとするものの2種類があると思います。
特にまずいのは、事業を行なう過程で気持ちや心の満足感を得ようとすることだと思います。
クライアントさんにいい顔をしたい、とか、下請けや協力者と軋轢を作らず付き合いたいとか、従業員と仲良くやって行きたいとか、それらのことが知らず知らずに過度に為されるようになり、案件はお金にならないけど今のところ良いお付き合いをさせてもらってるからいいか、とか、こちらが払いすぎてる気がするけど気持ちよく手伝ってもらっているからいいか、とか、職場の雰囲気がいいからこれでいいか、ということを日々積み重ねてしまいます。
でも、本来気持ち的な満足を得る場面は、事業の結果としてユーザーに提供したコンテンツや解決に対する評価において、であるべきです。過程に気持ちや心の満足感を求め始めると、ついついそれがゆるさや甘えにつながり、また、相手に気を使うことを積み重ねて気付いたら自分の気持ちが磨り減っていたりして、挙句の果て、結果の中に込めるべき気持ちや心が、その過程で消費され尽くしてしまっていたりします。
それではまったくの本末転倒です。我々が気持ち、心の満足を得るのは、あくまで結果から受ける評価からであるべきで、また、気遣うべき相手はそれを使うユーザーでるはずです。
投稿者 senshu : 2008年4月20日 14:21


