TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み
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安い金を払いたいわけじゃない、必要なものが欲しいだけだ!
2009年10月11日
意味深そうな格言めいたタイトルですが、単なる自己催眠だったりして
何か必要なものを購入しようとするとき、それが結構な値段だったりすると、
どうしても、類似の安価なものに目が行ってしまいがちです。
信頼できる商品が、店頭で10,000円するものが、ネットショップだと8,000円ぐらいで
買えて、さらに類似の廉価な商品だと、5,000円ぐらいで買えたりします。
このときの比較検討は、冷静なようで実はかなりおかしな評価をしているなぁと
自分でも思うことがあります。
まず、店頭で10,000円だして必要なものを買った場合、当然必要な性能や
安心できる信頼性を手に入れることが出来ます。
ただ、同じ商品でも、ネットで買えば8,000円だとします。
これはちょっと迷いますよね。
店頭で買おうが、ネットで買おうが、商品は一緒なのですが、
購入店が信頼できるお店であれば、その安心感も付いてきます。
以前あるカメラ店系の量販店でカメラを購入した際、運悪く背面液晶の
ドット抜けがあったのですが、ドット抜けは通常は交換対象外なので、
「はずれを引いたなぁ」とがっかりしたことがありました。
が、ちょっと待てよ、と。何ではずれを引かされなきゃいけないんだ!と怒りが
沸いてきて、いろんな理屈を100個ぐらい考えてから、交換の交渉をするために、
購入した店にもって行きました。
店に着き、カウンターの店員さんを見つけ、開口一番、
『これドットが抜けてるんですが、こうか・・・』ぐらいまで言った時に店員さんが
にこやかに、
『交換しますねー』
と、びっくりするぐらいあっさりと交換してくれたことがあります。
おそらく、そのお店からメーカーに戻せば、メーカーもあっさり引き取るのでしょう。
量販店の力を思い知らされましたね。
同じようなことが(不良品ではなかったのですが)、レンズでも2回ほどありました。
さて、では類似品を5,000円で買った場合です。
大抵の場合は、機能が足りない、とか、性能が劣る、とか、すぐ壊れる、という、
当然の帰結に至り、『ここまでお金を出したんだから』という本末転倒な理由で、
ちゃんとしたものを買いなおす羽目になります。
判っているのですが、なぜこうなるかというと、
・必要なもの(A)
・類似品(B)
という比較をするとき、なぜか(A)を評価しているときは、その軸は“性能”であり、
(B)を評価しているときは、その軸は“値段”という、比較できない軸で比較を
している、というより、『比較をしているつもりになっている』んですよね。
100円ショップのガムテープは、量販店で300円するものよりもはるかに短い、
ということが判っていながら、なぜか購入するときには100円ショップのほうが
手を出しやすい、とか、洋服用ハンガーは安物だとすぐ壊れたり割れたりする
のが判っているのに、安物を買ってしまってすぐ壊れる上に服が型崩れ
してしまったりとか。。。
これは、きっと大切なお金を消費するという苦痛に対する、麻酔的な効果を、
無意識に安物に期待しているだけなのかもしれません。
でもこれをタイトルに戻って言うと、こういう比較なのではないかと思います。
・安いお金を払う
・適正なお金を払って必要なものを手に入れる
このどちらを選びますか?
というような。
本来はまったく比較になっていないですよね。
ということで、最近はあまりこういうわなにはまらなくなりました。
気づいてみると、安物対必要なもの、という(A)対(B)という比較を排除する
ようになると、今度は、
・Aは本当に必要だろうか
・Aはどのように活用できるだろうか
・Aは仕事においてどの程度の利益につながるだろうか
・Aの価格は価値に対して適正だろうか
という、そのものに対する評価が深く厳密になってきます。
いやー大人になったなー
といいつつ、ほしい理由を一生懸命探したりして。。。
でもそれが、以外にも新しい発見につながったりして、
『安物買いの銭失い』になるよりは遥かにましだなぁと思ったりしています。
投稿者 senshu : 2009年10月11日 14:08
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