TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み
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発案と学習のハザマと自己満足
2009年10月15日
プログラマーであると同時に、企画者でもあるのですが、お客様の要望を調査して
それに合ったソフトウェアなどの企画を立案して提案したり、自社の事業を立ち
上げたりすることがよくあります。
このとき、まずはニーズを拾い上げたり、状況を調査しながら、自分の頭の中だけで
構想を練ります。
そして、様々なアイデアを出したり、自分なりの状況分析を行ったりします。
私の場合、この段階ではまず他人の意見を聞いたり、手引きの書籍を調べたり
することはありません。
出来るだけ、完全に自分で調べた材料を元に、自分の頭の中だけで構想を
練ります。
というのもこの段階では、自分の頭の中の発想は、どんな要素も曖昧で漠然と
しており、どれひとつとっても自由に取捨選択、修正を行うことができます。
しかし、他人の意見や、それも専門家の意見なんか聞いてしまうと、どうしても
自分の頭の中から出てきたものとは、色の違った要素として、その先の思考に
引っかかりがちになってしまうからです。
そうすると、どうにも自分の自由な発想の妨げになってしまいます。
あともうひとつ、どこまで自分だけのアイデアとして良いものを構想できたか、
という充実感を味わいたい、ということもあり、
『自分だけでここまで思いついたぜー』と自己満足したり他人に自慢したり
したい、という願望があったりします。
これは世の中に無いアイデアだ、とか、経験が物をいうな、とか、自画自賛を
楽しみます。
が、、、
仕事として何かしらの企画立案をする以上、もちろんこのままで良いわけは
ありません。
ここからが、ちょっとつらい作業になります。
やっぱり、そうした事業の先例や、先行者の書いた書籍、あるいは経験者など
から学び、自己満足の企画を練り直す、という作業に入らなければいけません。
これがですね・・・
自分のアイデアが独創的だ!と思っていたことが、すでにその業界では
取り入れられていることだったりするのを目の当たりにするわけです。
そんなときは、まあ、、そうだよね、、、とガッカリすると同時に、あながち
自分の考えた方向性は間違っていなかったんだ、と安心したりもします。
この作業を後押しするのは、『愚者は自らの経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』
という誰か偉~い人が言った言葉です。
賢者にはなれなくても、せめて愚者でいたくは無い、という気持ちが、自己満足の
プライドをちょっと押しのけてくれる力になります。
こうした、他者の経験やその業界の手引き本的なものに学ぶ作業には、
主に二つの意味があると思っています。
ひとつは、他人の経験や体系だててまとめた情報を得ることが出来るということ。
当たり前ですが、自分の経験していないことを得ることが出来るので、まったく
新しい情報や、まったく新しい視点を得ることが出来ます。
こうした手引き本やHow To 本などや、あるいは成功者の経験談などで
気をつけなければならないのは、再現性の高い、理論構成と裏づけがしっかり
した、即応用可能な情報と、単なる個人的な成功例の様な、特定の条件で
無ければ通用しない情報が混ざっているということ。
あくまで玉石混合だということを認識した上で読めば、少なくとも一人分の
経験がそこにあるわけですから、無駄になることはありません。
(またあるいは、何らかの意図を持ったブローカー(例えば他人に独立開業を
煽ってフランチャイズ展開の手ごまにしようと考えている業者)などが、その
意図を隠して特定の業務を“儲かる”的に煽っているものなどもありますが、
これは気をつけなければなりません。)
もうひとつの意味は、その業界など特有の言い回しや、単語を知ることが出来る、
ということです。
作り上げた企画書を見せた相手が、『お門違いのプログラマーが書いたんだろ』と
思うか、それとも『よく勉強しているな』と感心してまともに取り合ってくれるかは、
意外とこんなところに違いがあったりします。
これは、特に特殊な業界にいるクライアントから受けた業務の場合などは
重要です。
こうした企画立案作業の進め方というのは、人それぞれ、自分なりの
やり方などがあると思いますが、私の場合は完全に、前半は自己満足、
自己陶酔型ですね。
投稿者 senshu : 2009年10月15日 12:53
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