TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み
インターネットマーケティングとリスク管理

TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み:2009年11月分

システムは目に見えないところが重要だから・・・良心的なパートナーであり続けるために、適正価格にこだわります。

TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み 2009年11月のアーカイブ

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愛されない商売は続けられるか[花畑牧場]

2009年11月28日

やっぱり、というか、なんていうか、花畑牧場のバブルが本格的に
はじけ始めましたね。
 
 
先日の沖縄旅行でも、「沖縄限定 黒糖生キャラメル」というのが
花畑牧場の商品として売られていたのですが、一緒においてあった
レギュラーの生キャラメルも含め、興味を持って見ていた人はあまり
いませんでした。
 
隣にあったロイスの「沖縄限定 黒糖チョコレート」は私も買いましたし、
結構売れていたように思えます。
 
 
 
ここのところ、花畑牧場は数百人規模での解雇や、工場の閉鎖、都内の
店舗の閉鎖など、ひどい凋落ぶりです。
旬が終わった、急激な拡大をしすぎたなど、いろいろな原因はあると
思いますが、一番は、「愛されなかった」ということではないかと
勝手に分析しています。
 
 
 
花畑牧場の経営主体は、実は田中義剛氏ではなく芸能事務所である
というのはよく知られた話ですが、だからこそあれだけのメディア攻勢を
かけることができたわけです。
 
表の情報とは裏腹に、地元ではトラブルが多かったり、生キャラメルも
ホエー豚も実は他人のアイデアの盗用であったことが、徐々に知られる
ようになりました。
 
 
 
同時に、品薄にして単に飢餓感を煽るだけではなく、高いコーヒーを
飲めばいくつまで購入できるなど、理不尽とも思える販売の仕方が、
反感を買うようになっていました。
 
 
日本人は従順だといわれますが、屈服させられることへの本能的な
嫌悪感は、やはりあります。
 
「これを売ってほしければ○○を買え」という抱き合わせ商売は、
一時的には売り上げを伸ばしますが、購入者の心理に、とても暗い
引っかかりを残します。
 
これは値段が高い、安いではなく、理不尽さやそれを受け入れさせられ、
屈服させられたことへの嫌悪感や憎悪へつながります。
 
 
実際には、屈服とか憎悪とかのような強い言葉を使うほどのことでは
無く、本人にも気づかないほど些細なことかもしれませんが、その些細な
悪感情が、リピートを躊躇させる大きなハードルになったりすると
思うんです。
 
 
 
失ったのはリピーターだけではありません。
 
 
 
生キャラメルは、レシピサイトをみながら、私も家で作ってみたり
していますが、これがとてもおいしいんですよね。
誰でも簡単に、牛乳とパックの生クリームと蜂蜜と砂糖さえあれば、同じ
ようなものができてしまいます。
 
 
 
こうなると、「一度食べてみよう」と思っていた人まで、わざわざ買わなく
なります。
本当に自分で作るかどうかは別として、元々どうしても必要な訳でもなく、
話題になってるから機会があったら食べてみようと考えている人であれば、
「買う」というお金を失う決断をしなければならない消費行動に対して、
「ま、自分で作れるらしいから、わざわざ買わなくてもいいか」という
ブレーキというか、否定要因になります。
 
結局は、そのまま興味が失せて、買いもしないし、作りもしないでしょう
けど、世の中においしいものは無数にあるわけですから、それが自然な
流れというものではないかなと思います。
 
 
もしも、理不尽さや嫌悪感を与えることなく、もっと静かに、実直に
商売をしてたら、もっと長く親しまれ、愛される商品であり、企業に
育っていたかもしれません。
 
 
もちろんこれほど一気にブレイクすることは無かったかもしれませんが、
そっぽを向かれたりすることは無かったんじゃないかなぁと思ったり
します。
いまさら、いくつでも買えますよ、買ってくださいと言われたところで、
「もう、いいよ」と言われてしまうのではないかなと。
 
 
 
 
ところで、ご紹介した生キャラメルの作り方サイト、是非ごらんになって
みて、挑戦してみてください。
 
火加減さえ強すぎ無ければ、約1時間で、ほぼ誰でもおいしい生キャラメル
を作ることができます。
 
しかも、何回かに分けて取り出せば、キャラメルクリーム、生キャラメル、
普通のキャラメルと、1回で作ることができます。
 
本当においしいですよ。
 
 

投稿者 senshu : 14:43 | コメント (0) | トラックバック


数字が教えてくれることと大人のエゴ

2009年11月25日

またまた事業仕分けの話ですが、これもどうしても納得がいきません。
 
 
全国学力テストと全国体力テストが、全員を対象にしたものから、サンプル
抽出方式に改められて、予算が削減されることになりそうです。
 
 
抽出方式とは、全員がテストを受けるわけではなく、その県や学校などの
平均的な値をはかるために必要な数の生徒だけが(おそらく)無作為に
選ばれて試験を受ける方式です。
 
 
元々全国学力テストなどは、子供の競争を煽るなどとして日教組などが
反対しているものですが、私は逆に、子供たちが自分自身についての
客観的な情報を得る大切な機会だと思っています。
 
 
よく、成績が悪いと劣等感が植え付けられるとか、競争は争いを生むとか
いわれます。
競争について、勝ち負けについては以前にもこのブログで書きました。
 
 
劣等感についても、同じことがいえるのではないでしょうか。
 
 
成績が悪いことが、すなわちその人間の価値が低いことではありません。
そのことをきちんと理解させた上で、その客観的な自己への評価を、
どのように次につなげるか、自分の成長につなげるかをしっかりと教えて
あげることが、大人の役割ではないでしょうか。
 
 
そもそも、大人が子供の争いや競争を取り除いてあげることが
子供の幸せだなんて、大人のエゴでしかありません。
 
子供に客観的な結果を示すことなく、大人の考えや大人が与える情報
だけで子供を善導できるなど、よくそんな思い上がった考えができるもの
だとすら思います。
 
 
子供には、客観的な現実を受け入れ、自分の成長の糧にする能力など
無いしそれを学ぶこともできないとでも思っているのでしょうか。
 
 
 
数字は時に残酷で、容赦なく人の心を傷つけることがあります。
でも、子供の頃にいくら避けて通ったところで、社会に出れば常に
突きつけられる現実でもあります。
 
 
そうしたものにどう向き合うのか、時に受け入れ時に受け流す力を
養ってあげることが、本当の教育だと思うのです。
 
 
 
 

投稿者 senshu : 22:39 | コメント (0) | トラックバック


基本は大事

2009年11月24日

最近ちょくちょく仕事を抜け出して事務所の近所のスタジオへドラムの練習を
しにいっています。
 
 
仕事中に1時間とか、ちょっと長いと2時間とか、スティックだけ持ってふらりと
スタジオに入り、iPodなどに入れた音源を聞きながら好き放題に叩きます。
 
最近は事務所作業が多いので、これがまた結構なストレス&運動不足解消に
なって、くせになり気味です。
 
 
ただ、35才を超えてドラムを始めましたので、無理は禁物。
 
体が出来ているわけではないので、無理をすると関節、特に手首や腰、
筋肉や筋などを痛めてしまいます。
 
 
そんなわけで、グルコサミン+コンドロイチンを飲み始めましたー
 
 
思えば富士山に母を連れて登るとき、はやっさんがマイ母に勧めてくれた
栄養補助食品。老人向け。。。
 
 
 
それで、何事も基本が大事だなーと、今回も実感しています。
 
 
もともと、学生のころにはちょっと試しにドラムを叩いてみたりしたことは
あったのですが、なかなか上達せず、それっきりになっていました。
 
 
再び始めたきっかけは、ドラムがすっごく上手な方(笑)から、ドラムの基本を
教えていただいたこと。
 
音楽関係の仕事で村上ポンタ秀一御大に基本を
教えていただいたのですが、何もドラムセットに座ってレクチャーを受けた
わけではなく、雑談のような中で、さらりと出てきた話でした。
 
 
・いすの高さは高く。ひざを落とすだけでペダルが踏めるように。
・グリップ、手首、ひじ、かた、背中すべて、ピアノ(弱く)でつかって、
 ピアニッシモからフォルテシモまで叩く。決してどこかに力を入れすぎない。
・叩きたいフレーズはまず歌う。グルーヴ感は歌って養う。
・ドラムは他の楽器と違い、自分の力で叩いた力が跳ね返ってくる。
 それをどういなすか、次につなげるかを考える。

この基本を忠実に守って半年練習すれば、何年もやってきたようなドラマーを
簡単に追い越せるよ、ということだったので、半年ぐらいやってみました(笑)。
 
 
 
そしたらですね、たいしたもんで、自分でもメキメキ伸びるのがわかるんですね。
で、先日、他のバンドのドラマーがスタジオ練習に来れそうにないというので、
手伝いに行く行く!!ということで叩いてきましたが、概ね好評をいただきました。
 
 
若いころは物事の基本というのを随分ないがしろにしてきた気がしますが、
基本を知りその意味を学ぶことで、スタートから着実に積み重ねることが
出来ることを実感し、基本の偉大さを身につまされている30代半ばの
このごろです。
 
 
 

投稿者 senshu : 20:47 | コメント (0) | トラックバック


費用対効果と収益性は違う

2009年11月21日

昨日ちょっと触れた事業仕分けのことについて、思うところがあるので書きます。
 
 
いま、来年度の国家予算のために事業仕分けというものが行われています。
これ自体は賛成ですし、例え今年は単なるパフォーマンスになろうと、財務省の
下請けになろうと、新たな試みの初年度なのですから、目くじらを立てるような
ことではないと思っています。
 
今年は財務省の都合で事業のリストを出しましたが、来年度からその反省を
踏まえて、本当に政治主導にしていけば良いだけです。
 
 
 
ただ、どうしても気になることがあります。
それは、あまりにも収益性の有無で判断しすぎていることです。
 
 
 
収益性と、費用対効果は、似ているけれどまったく異なります。
 
 
その事業から純粋に利益を得られるかどうかが収益性です。
それに対し、その事業に掛けるコストに見合った効果が得られるかどうかが
費用対効果で、その効果とは現金の回収に限るものではありませんし、直接的、
短期的な収益であるとも限りません。
 
 
国の行う事業は、福祉にしても建設にしても、この費用対効果を元に検証する
べきであって、収益性を元に考えるべきではありません。
そんなことを言ったら、ほとんどすべての国の事業は廃止されるべきものに
なってしまいます。
 
 
 
政治家が考えるべきものは、予算年度ごとの短期的な国家の運営と、中長期の
国家のあり方や成長と安全の将来像のはずです。
 
それを考えること無くして、単に収益性があるか否かで物事を判断するのなら、
選挙で選ぶ必要など無いはずです。
 
 
 
と、私が珍しく直接的に怒っているのは、スーパーコンピューターの予算と、
宇宙開発費の予算が削られたこと、その他研究開発関係の予算などが
軒並み廃止に近い扱いを受けていることです。
 
 
スーパーコンピューターが世界一じゃなければいけないか?
もちろん、世界一じゃなくたって十分使い物になります。
 
が、既存の技術で作れるスーパーコンピューターの開発って、逆に必要でしょうか?
そんな既存技術の2番煎じなんて、ただ無駄にパーツを集めて作るだけの
話です。
 
新たなブレークスルーを狙ってこそ、新しい技術を国内の研究者や企業が
手に入れることが出来、将来の産業に役立つのではないかと思うのが
普通ですし、政治家の考えるべきことですよね。
  
 
まさに、高いお金を払って何かを手に入れるか、安いお金をどぶに捨てるだけか、
という、見せ掛けの節約でお金を失うだけのいい例です。
 
 
ロケット技術にしても、長期運用が可能なLNGエンジンを含む新規開発を、
『他国もロケット事業をしており、収益性が確保できなくなるから』という理由で
見送りになりました。
 
 
これって、他の国が手を出していることは無駄になるかもしれないから予算を
つけない、ということですよね。
 
つまり、日本は指をくわえて、先進的な事業分野を他国に譲ります、
ということですよね。他国がやってるから日本はやらない、ということでしたら。
 
 
 
 
日本は、基礎技術や先進技術を捨てて、単なる組立工場になるつもりですかね。
 
基礎技術や先進技術にお金を使わないということは、いずれ日本の持つ技術は
陳腐化し、他国が作った部品を組み立てることしか出来なくなる、ということです。
 
 
韓国がどんなに電気製品で世界的なシェアを伸ばしても、それに比例して
日本に対する貿易赤字が拡大していることを考えれば、基礎技術や先進技術を
持たない国の悲劇がわかるはずですし、政治家はわかっているはずです。
 
 
しかも日本ほど国土が狭く人件費の高い国が、世界の組立工場になれるはずも
ありません。
 
 
 
 
日本はもともと資源が無く、加工貿易の国と言われています。
『加工』というと、まるで材料と道具さえあれば誰でも出来るような錯覚を
覚えますが、それは違います。
 
金属や鉱石などの素材から、先端技術に欠かせない触媒やガラス製品や
電子部品や機械部品を作る技術があるからこそで、そこに、他のどの国にも
出来ない技術があり、日本でしか作ること出来ないからこそ、わざわざ日本に
素材が運ばれてきて、わざわざ日本から諸外国が買っていってくれてるからこそ
成り立つことなのです。
 
決して、どこでも誰でも出来る『加工』でお金を稼げているわけではないのです。
 
 
 
こうしたことを踏まえ、将来的なビジョンを見据えて予算をつけていかなければ、
一見目先のお金が余ったように見えて、実はじりじりと将来のすべてを失う
だけになってしまいます。
 
 
 
って、熱くなって書きすぎました。
が、これについては本当にどうかと思います。
 
 
 

投稿者 senshu : 12:38 | コメント (0) | トラックバック


政権見てますか?

2009年11月20日

政権交代してからなんとなくこの手のエントリーが増えましたが、それは
期待と不安が入り混じってるからなんですね。
 
 
最近の民主党政権の功罪というか、なんだかなと思う点ですが、野党時代に
批判をしていた内閣官房機密費のことにしても、政治と金の問題にしても、
天下り・渡りを続けさせていることにしても、強行採決にしても、与党になったら
普通に行ってますよね。
 
 
事業仕分けは政治主導ではなく財務省の下請けとか、膨張した予算を削減する
ために周産期医療の補助金をゼロにしてしまったりとか、やっていることは結構
酷いことが多かったりします。
 
 
で、だからと言って民主党政権が駄目だ!といいたいわけではないのです。
 
 
自民も民主も、そんなに変わらない、ということです。
 
 
 
それは、単純な話でもあります。
単に比率の問題。
国政を決める要素に占める、政権というものの存在は、実はそれほど大きく
無いということです。
 
 
 
国政は政治家が行うから、政治家が変われば100%国政が変わるような
錯覚を受けます。
 
 
が、国土というフィールド、国民や役人といった人的リソース、予算、憲法、法律、
国際関係などの外的要因などなど、国政に関わる大きな要素は決まっています。
   
政権というのも、ひとつの小さな要素に過ぎません。
自民党政権であっても、民主党政権であっても、出来ることなど
大きく変わるわけが無いのです。
 
 
なんだか、政権が変わったから、国の運営で今までの悪かった点はすべて
払拭されて、税金が安くなり、福祉が充実し、生活が豊かになる錯覚を
覚えますが、そんなことはありません。やれることなど限られています。
 
 
だからこそ、新しい政権に対しても、ちゃんと仕事をしているか、おかしなことは
していないか、表に出ずに裏で悪いことをしているやつはいないかなど、きちんと
目を光らせていなければならないんですよね。
 
 
政権が変わったから安心、で放置するのは危険です。
それは、どの政党が政権をとっても同じことです。
 
 
 

投稿者 senshu : 17:11 | コメント (0) | トラックバック


『具体的な指示』とは

2009年11月19日

上司から部下に対して行う、『具体的な指示』は、どうあるべきでしょう。
 
 
会社の不協和音の話を聞いたり、タスクインタラクティブの過去のことを思い出したり
すると、このことを考えさせられます。
 
 
上司による具体的な指示と、部下の遂行が一連の業務としてスムーズに
行えれば、会社はすばらしく順調に稼動するでしょう。
 
多くの場合、ここに不協和音が発生し、仕事が溜まったり会社全体の稼動効率が
低下したりしていきます。
 
 
こうした場合、部下の理解不足や能力不足が責められますが、
この原因が、上司の指示の具体性の不足ということが少なくありません。
 
 
ひとつのケースとしては、上司が部下の処理能力を観察したり、成長を
促したりするために、あえて指示内容の具体性を不十分にすることが
ありますが、この場合は部下の振る舞いに対して、上司が追加の情報を
提供することが出来るので、さほど問題は起こりません。
(部下が勘違いのまま即座に自爆したら別ですが・・・)
 
 
危険なのは、上司が部下の能力を把握していなかった場合や、上司が事業の
内容を正確に把握していなかった場合、あるいは、上司がその指示内容が
完遂できるものであるかどうかの正確な把握をしていなかった場合などです。
 
 
『これぐらいは出来て当たり前』という上司の考えは、時としてとても危険です。
人間、他人にはわからない弱点や苦手意識を持っているものです。
 
普通の人なら出来て当たり前のことが99%出来る人でも、たまたま出来ない1%の
ものが回ってきてしまった場合は、出来ないものは出来ない、という状態に
陥ることがあります。
 
 
上司自身が事業内容を正確に把握できていない場合、例え部下にどんな能力が
あっても満足な結果が出るわけはありません。
上司が経営者やディレクション担当者であればこうしたことはあまり発生しない
かもしれませんが、上司が中間管理職で、経営側や他の部署からの要求を、
部下に割り振る場合などにはよく発生します。
 
 
最悪なのが、上司自身が、その指示内容が遂行できるものかどうか、
わからずに指示をしている場合です。
ビジネス環境、社内リソース、競合の存在や外注コストなど、事前検討する
べきものを検討したり分析したりせず、指示を出している場合です。
 
例えば、『Yahoo!のようなサイトを作ってポータルNo1になる。予算1000万円で』
 
のような話の相談が、リアルに年に1回ぐらいはタスクインタラクティブに
寄せられることを考えると、そうした指示が日常的に行われている会社が
結構多いんだなぁと感じます。
 
確かに、具体的な指示ではありますよね。作るものも予算も目標もはっきりと
しているわけですから。それが無理なだけで。
 
 
 
より具体的な情報を上司が認識していればこういうことは起こらないでしょう。
指示は具体的でも、その前程の情報が曖昧で不正確だからです。
 
 
ということで、こういう問題が発生しないようにするには、
・具体的な指示の前程には、具体的な情報の把握を
ということになるのかと思います。
 
 
 
こんな社会的な不協和音を発生させな、解決方法を、すっきり具体的に
挙げるのは、実は簡単です。
 
 
 
『上司が能力を上げる』
 
 
 
 
おあとがよろ・・・
・・・長くなって何書いてんだかわからなくなってきました。。。

投稿者 senshu : 18:25 | コメント (0) | トラックバック


短期目標~中期目標~長期目標

2009年11月18日

たまには朝からまじめに会社経営の話です。
 
 
いろいろなお客様に、IT関係のお手伝いをさせていただいていますが、
その中で、経営改善などの話になることが良くあります。
 
 
たまに感じるのが、すぐに改善すべき短期目標と、1~2年目処の中期目標、
それから、会社の将来を見据えた長期目標が、ごっちゃになっていることが
よくあるなあということです。
 
 
原因のひとつが、経営側からの指示の切り分けが曖昧なところのあるのでは
ないかと思います。

それを受けた担当者が、『どれもやらなきゃいけなくて、どれも出来ていない』
状態に陥って、結局改善が進まないという感じです。
 
 
こういう場合、いっそ短期目標については、担当を設定したらその人間には
それ以外の仕事は与えず、その処理に集中させるほうが、効率良く複数の
問題に対処できるのではないかと思います。
 
 
人的リソースなどの問題で、どうしても日常業務と平行して処理しなければ
ならない場合は、きっちり問題の共有だけは周囲とはかることです。

まず日常業務の切り分けと、可能な範囲での他者への分担を設定し、
多少職務外の人にも、短期的に協力を得て、担当者の負担を減らした後、
期限を区切って問題の処理をさせ、それが完了したら日常業務の負担を
元に戻す。
 
 
大切なのは、具体的に、問題の要点、日常業務の負担、人的リソースを
把握した上で、具体的に、問題への対応範囲、各人の負担の設定、期限を
決めて対応に当ることです。
 
ここに具体性がないと、なんとなくみんなが負担を押し付けられたように感じて
しまい、いつまで自分が何をどうするのかがわからないと、仕事に対する嫌気
が出てきてしまいます。
 
 
よく、待たされて疲れるのは、待たされることに対してではなく、いつまでその
状態が続くかがわからないことに対して疲弊してしまう、というのと同じで、
人間、『わからないこと』が一番いやなのです。
 
 
 
必要なタイミングでこうしたことを思い切ってやらなければ、常に問題が
平行して存在し、めぐりめぐって会社全体が常に苦しい状態に陥ります。
 
 
こうした経営判断は大変難しく、中間管理職が会社の経営方針と、
部署の具体的な問題点や具体的な人的リソース、業務内容を正確に
把握していなければ出来ません。
 
 
それが出来る上司であれば、おそらくとても働きやすい環境でしょう。
『お前たちはなってない』『駄目だ』というばかりの上司では、社員は
自分に火の粉が飛んでこない程度に対応するばかりかもしれません。 
 
 
あ、、、中期目標と長期目標の話が全然出ませんでした。。。
 
 

投稿者 senshu : 09:33 | コメント (0) | トラックバック


出張に行っていました!

2009年11月16日

週末から、法事と出張で出ておりました。
久しぶりに車で遠出しました。気持ちいいですね。
 
 
でも考えてみれば、車での移動は、たかだか70kg弱の物体(私)を移動させる
ために、2tもの機材(車)が動くのだから、環境にはよくないですよね。

まあ現在は、本当の環境問題と、ビジネスの仕掛けとしての環境問題が
混在しすぎていて、何が本当の環境問題だか世界中が判らなくなっちゃって
るんで、それはそれで世の流れに対するアンチテーゼとしていいかなと。。。
 
 
と、、、ちょっと気になって調べてみると・・・
 
 
大型の乗用車で、1人当たり機材が約2tですよね。
ジャンボジェットの747-400で、最大の席数仕様で搭乗数が500人として、
機材が約180tなので、一人当たりの機材の重さが約0.36t。。。
 
360kg??
人間以外に、同時に搭乗客の荷物をつむのは、車も飛行機も同じですが、
飛行機の場合、さらに、その他の貨物も結構積むことが出来ます。
 
貨物がどれくらい積めるかというと、同機の場合、最大離陸重量が約360tですので、
360t - 180t(機体重量) - 35t(70kg×500人) = 145t
 
145t!
 
最大に積むことも無いでしょうし、乗客の荷物やサービスに必要な什器等々を
差し引いたとしても、100t近くは積める訳ですね。。。
 
 
 
飛行機、すごいですね。。。
 
 
速いし・・・
 
 
 
ということで、明日から(もう今日からですが)まじめに働きます!

投稿者 senshu : 23:27 | コメント (0) | トラックバック


インフルエンザの予防接種

2009年11月12日

今朝、毎年11月に打っているインフルエンザの予防接種を受けに行きました。
 
いつもの徒歩通勤路を少し遠回りして、病院へ。
予防接種のために訪れた病院で感染・・・はいやなので、途中薬局で
マスクを購入したのですが・・・
 
結構高いんですね。高機能のマスクって。
5枚500円ぐらいのと、3枚400円ぐらいのがあったのですが、そんなに沢山
使わないだろうということと、3枚400円のほうが微妙に形が立派だったので、
そちらを購入しました。
 
 
そして、いざ病院に行って、問診票を書いて、受付に出し、インフルエンザの
予防接種をと言ったところ・・・
 
 
無いんですね。今は在庫が。
新型じゃなくて、毎年打っている季節型のも。
 
 
新型のワクチンに割り振られて、季節型のワクチンも製造が追いついていない
そうです。
 
 
皆様も予防接種は早めに、予約を入れてしておいたほうがいいですよ。
たぶん12月に入って季節型がはやり始めたら、ますます品薄になりそうです。
 
 

投稿者 senshu : 09:39 | コメント (0) | トラックバック


急いては事を仕損じる

2009年11月10日

はいもう一回。

急いては事を仕損じる。
 
 
これはもう自分の人生で何度いたい思いをしたか。
繰り返される、急いて事を仕損じる失敗。
 
自分で言うのもなんですが、その上なまじ行動力があるもんだから、間違った
方向でもどんどん突き進み、さらになまじ責任感があるもんだから、途中で
やめると周囲に迷惑が掛かるのでは、とか考えて撤退する時期すらわからなく
なったり。。。
 
 
 
その結果行政書士になったり会社作ったりプログラマーになったり映像の
仕事をしたり音楽関係に関わったりしてきたわけなので、決して無駄になっては
いないですし、後悔もしていないのですが、負った傷は多数、という感じです。
 
キズも深ければ致命傷になりかねない、ということで。。。
 
 
 
チャンスは逃してはいけないけど、きっかけを得たとき以上に自分が成長を
していればいいわけで、大きなチャンスに未熟な自分が飛びつくよりは、
それを一旦手放す勇気を持って、慎重に勉強を進めて、在り来たりのチャンスに
成長した自分が対応したほうが、長い目で見たら絶対に成功の可能性が
高いのではないかと、、、
 
 
と、自分を言い聞かせていたりして、、、
 
 
急いては事を仕損じる。を念仏のように唱えています。
 
 
飛びつきたいけど(笑)
 
 

投稿者 senshu : 10:03 | コメント (4) | トラックバック


悪しき平等は大人になったその子を苦しめる

2009年11月 7日

直接関係あるかどうかはわかりませんが、先日、Jリーグのトーナメント戦で、
決勝で敗れた川崎フロンターレの選手が、表彰式のときに悪態をついて処分を
受けたことがありました。
 
 
前にもこのブログで書いた気がしますが、学校で一時期はやった、何でもかんでも
平等、順位をつけない、勝ち負けをつけない、ということが浸透してしまったら、
こういうことは増えるだろうなぁと思っていました。
 
 
学校は保護された中で様々な訓練を行うことが出来る場所です。
 
真剣に勝負に望む態度、勝った時の振る舞い、負けたときの振る舞い、そういう
ものをちゃんと教育してあげることを学校が放棄したら、社会に出て困るのは
その子達のはずです。
 
これって本当に、『やさしい』ことなんでしょうか。
 
 
私には、『優しさの仮面を被った独善的な破壊者』にしか見えません。
 
社会を嫌い、社会のシステムを憎み、それが子供という材料を得て暴走
しているだけにしか見えません。
 
 
競争はある、勝ち負けが付くのはしょうがない。
その中で、自分に何が出来るか、どんな結果を残せるのか。
そして与えられる勝者、敗者のレッテルに惑わされること無く、その後どういう
態度で次に進み、周囲の人間と関わるのか。
 
 
そうしたことをしっかりと訓練してあげることが、本当の優しさだと思います。
 
 
あと、子供は天使だという性善説はどうかと思います。
 
そもそも性善説というイデオロギーのフィルターを通して子供を見る時点で、
多様な人間性を持った子供の人格そのものを否定しています。

 
『子供はみんな天使』と決め付ける時点で、たまたま自分より後に生まれた
一人の人間、他人である人格を否定し見下す考えだと思います。
 
『子供にも人権がある』、と声高に叫ぶ人ほど、こういうレッテル張り、
人格否定はしてはいけませんよね。
 
 
 
なんて考える土曜日の午後。
 
 

 

投稿者 senshu : 13:45 | コメント (0) | トラックバック


最善を『作る』か『選ぶ』か

2009年11月 5日

昨日のエントリーの続きですが、最善を提供するにはどうすればいいだろう、と
考えています。
 
 
自分は作り手思考なので、最善のものは自分で作って提供する、という考えが
強いです。
 
が、現実的に自分が提供できる『最善のもの』は、ごく限られています。
それ以前に、普段の仕事はほとんどの場合、
『限られた時間と限られたコストの中で最善を尽くす』ものであり、必ずしも
最善の成果物が毎回出来上がるわけではありません。
 
 
 
であるなら、場合によっては最善を『選ぶ』、ということも選択肢になります。
というか、この作り手思考と、自分の人件費をあまり考えない父ちゃん経営者
気質のおかげで、自身が作ることと、他人の作ったものを選ぶことの、
正確なコスト比較が出来ていないのではないかと、ふと気が付いたわけです。
 
・・・びっくりするぐらいこういうところが抜けてるんですよ。。。
 
 
ただ、若いうちはどうしても自分がやりたい、が先に出てしまいましたし、
そのおかげで今があるわけですが、今後は、
『最善を“選択”することが最善の選択』ということもある、ということを
ちゃんと認識しなければなと思っていたりします。
 
 
 
 
 
 

投稿者 senshu : 11:14 | コメント (0) | トラックバック


最善とこだわり

2009年11月 4日

『最善か無か』
 
これは以前にもこのブログで書きましたが、メルセデスベンツの
ほんの数年前までの社是だったものです。
 
 
どうしても『おばかな成金』的なイメージが付きまとってしまうベンツですが、
車作りはそれほどしっかりしたものでした。
今では、トヨタなどと同じように、『コストと及第点の品質』という感じでしょうか。
 
 
この、『最善か無か』というのは、業務によってはとても重要な指針になると
思います。
 
 
先日の旅行でも感じましたが、良いものを集めて雰囲気を醸成させるのは
とても緻密な作業ですが、それを壊すのはほんのつまらないもの1つです。
 
 
例えば、内装や家具のしつらえが落ち着いて高級感があり、洒落たレストラン
があったとします。
間接照明、テーブルクロス、店員のサービスが最高だったとしても、さらに
雰囲気を高めようとテーブルに置かれたランプが、いかにも量販店で買って
来ました、というのが判ってしまうようなものだったらどうでしょう。
 
もう、それがすべてを台無しにしてしまいます。
最善のものを用意できなければ、無いほうがはるかにマシです。
 
 
中途半端にカタチだけ取り繕うとすればするほど、興ざめを呼んでしまう、
という考えは、“シンプルイズザベスト”に通じるのかも知れません。
 
 
 
 
一方“こだわり”は、“最善”と似ているようで大きく違います。
 
 
お分かりだと思いますが、ここで言う“最善”は“顧客にとって”という言葉を
暗に含んでいます。
 
“こだわり”というと、一般には“提供する側の”という意味合いを含みます。
 
 
 
最善というのは、品質検査、需要調査やアンケートなどによってある程度客観的
に評価でき、その作業を重ねることにより到達することができます。

それに対し、“オーナーのこだわり”というのは、そのオーナーの経験、感性、
顧客満足に対する姿勢などによって大きく変わってきます。
 
 
プロフェッショナルであるか、アーティストであるか、という事にも通じますし、
顧客の満足を自身の満足と捉えるか、自身の趣味を優先するか、ということに
よっても、受け取った顧客の満足度が違います。
 
 
こだわりがオーナーの個性を含んだ最善であることがベストなのでしょう。
 
 
 
最善よりもこだわりを優先することは、そのオーナーに余程のセンスや見識が
無い限り、ほとんどの場合失敗に終わります。
 
 
 
最悪なのは、顧客に通じる“最善”を用意できないことを、自身の“こだわり”
という、客観的な評価が不可能な、主観的な評価基準にすり替えてしまう
ことですね。
 
 
勉強不足、顧客とのコミュニケーション不足、新しい知識に対する取り組み不足
などで、起こりがちです。
気をつけなければなりません。
 
 
 

投稿者 senshu : 10:14 | コメント (0) | トラックバック


ひきこもれない

2009年11月 3日

昨日、沖縄離島めぐりから戻りました。
旅行というと、いつもは往復の航空券とホテルだけを予約し、現地では
レンタカーなどで自由に移動することがほとんどなのですが、今回はツアーで
完全引きずりまわされの旅で、ちょっと新鮮な経験でした。
 
 
短い時間ながらも、宮古島、西表島、竹富島とめぐったのですが、現地の
のどかさとは裏腹に、その観光システムは産業としてしっかり構築されて
いる印象でした。
島の間の移動も、結構無茶なスピードで走る高速船で、刺激的な衝撃と
引き換えに、あっという間に次の島に連れて行ってくれます。
 
 
何より感動したひとつは、ずーっと気になっていたマングローブの森の
実物を見ることができたこと。
水没する環境で、しかも塩分の多い土地でも生きていけることが不思議で
ならなかったのですが、その成り立ちとメカニズムを聞いて納得をしました。
 
沢山の根を下ろすことで軟弱な地盤でも安定し、吸い上げる水から塩分を
漉し取り、葉に溜め込んで落葉させて排出するらしいです。
こういう生物を目にするたび、進化の過程でどうやってそういうメカニズムを手に
入れたのか、本当に不思議に思います。
 
 
 
それで、今日ぐらいは家でじっとしていようと思ったのですが・・・
 
休日に家にいようと思っても、なぜか家でじっとしていると、すごくもったいない
ような、一日を無駄にしてしまうような気がして、出かけてしまうんですね。
 
家で静かに何かをしようと思っても、「そんなこと夜中でも出来るじゃん」って
思ってしまい、外が気になってそれに打ち込めなくなってしまいます。
 
 
つくづく、引きこもれない性格だなぁと思います。
 
 
 
ところで、『引きこもり』に対して、『外こもり』という言葉があるらしいです。
それは、例えば若いうちにアジアめぐりなどをしたり、タイなどに居ついたりして、
結果日本に帰らずに目的も無く海外に滞在を続けることらしいです。
 
 
社会に適応できずに家に引きこもることと同様、社会に適応できずに海外での
モラトリアムを長期に継続することをこういうらしいですね。
 
 
そうそう、西表島では、海に行けば魚が獲れ、道端では野菜やフルーツが採れ、
その上、町営住宅は1万円台~2万円台で借りられるらしいです。
 
そんなところなら、ちょっとこもってみたいですね。

投稿者 senshu : 22:49 | コメント (0) | トラックバック