TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み
インターネットマーケティングとリスク管理

TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み:2009年12月分

システムは目に見えないところが重要だから・・・良心的なパートナーであり続けるために、適正価格にこだわります。

TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み 2009年12月のアーカイブ

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今年最後に得た教訓

2009年12月31日

皆様。
本年もこのブログにお付き合いいただきまことにありがとうございました。

また、はやっさんを始め、実生活でも本年一年お付き合いいただきました
皆様、いろいろご迷惑ご心配をおかけしたかと思います。
 
とりあえず、一年が終わるようです。
本当に、一年間いろいろありました。
 
 
 
今年最後に得た教訓は、こんな感じです。
『誰かを支えるとは、将来像を実現させることではなく、
 過程をじっと見守り、その人自身の苦悩につきあうこと』
 
 
相手が個人であれ、何かしらのグループであれ、です。
 
 
人と関わり合うとき、どうしても、
「この人はもっとこう出来るはずだし、その方が幸せなはずだ」とか
「もっとこうすれば仕事がうまくいくのに。もっと稼げるのに」とか、
「人としてこうした方がいいのに。」とか考えてしまいます。
 
それは、一見他人思いのように見えますが、そこには、どうしてもこちら
主観の”願望”であったり、または、こちら主観の自己実現の結果を求めたり
というものが入り込んでしまいます。
 
つまり、この人にはこうあってほしいというような自己の願望や、この人を
より高めることが"自分に出来た"という自己実現の投影であったりします。
 
 
相手のことを思いやっているつもりが、相手の将来像を勝手に思い描き
それを実現するための自己表現になってしまう。これはもう、自分のための
主観的な行動でしかありません。
 
下手をすると、それによって相手に負担をかけ、相手を追い込み、その
大切に思いやっているはずの人と間に、大きな溝を作りかねません。
 
 
 
ということで、何だか思うことは、例えこちらの主観で良くは思えない
誰かの現状を目にしたとしても、それを自己の理想に当てはめて何かを
押しつけるのは間違いだということ。
もしも、自分が助けになりたいと思うほどの相手がいるのであれば、
そのときは相手の”理想像の完成”を助けるのではなく、相手の主体的な
行動を見守ってその人自身を支えてあげるべきだなと思います。

自分の思う方法と全然違っていた時、手や口を出さずにじっと見守って
その人やそのグループなどを支え続けるのは、相当な覚悟や忍耐が必要です。
 
逆に言えば、それぐらい自分が覚悟を持てる相手でない限り、中途半端に
人に関わるのは、無責任な事であり、それほどの関わりを持てる相手であるか
冷静に考えてから行動しなければならないのだなと思いました。
 
 
 
ということで、また一つ大人の階段を登ったつもりで、
来年の自分に期待したいと思います!
 
 
皆様良いお年を!
 

投稿者 senshu : 16:40 | コメント (2) | トラックバック


技術(テクニック)とは、感性の通り道

2009年12月24日

なんだか夜中にふと思い立ってしまったので書いていますが・・・
 
 
技術、テクニックというと、なんだか形式的なもの、見栄えだけで感情の無いもの、
数量的でドライなもの、というイメージがあります。
 
が、、、
 
 
楽器などを通じても思うのですが、技術というのは、自分の感性をありのまま
彷徨わせるための通り道ではないかと思うのです。
 
 
テクニック志向、技術一辺倒というと、面白みの無い、ただメカニカルな無機質な
ものに思えますが、それは違うのではないかと。
 
たとえて言うなら、広大な台地と険しい山岳地帯、そして底の見えない湖面と
危険な密林地帯。
そんな大地を、そんな道を、感性の赴くままに歩き、彷徨う自分。
 
もし、山を登り吹雪を凌ぐ技術が無ければ、安全に山に登り平原では見ることの
出来ない高山植物を得ることが出来ないし、水面を渡る術を知らなければ、
湖は豊かな食料を得る漁場ではなく、ただ眺めるだけのものでしかありません。
息を殺し歩く技術を持たなければ、あるいは凶暴な生き物と対峙するテクニックを
持たなければ、鋭い牙や毒を持つ生物たちがうごめく密林地帯には、足を
踏み入れることすら出来ないでしょう。
 
 
 
技術を手に入れることは、ありのままの感性を動かし、彷徨わせ、未知なる
想像を超える大きな武器になります。
 
なので、技術(テクニック)は感性の通り道である、ということを信じて、
自分の感性におぼれたり甘えたりすることを無くし、精進しようと思っている、
平成21年の暮れであったりします。
 
 
 
 
 


 

投稿者 senshu : 03:07 | コメント (0) | トラックバック


寒いですねーと、澄んだ空気

2009年12月22日

雑談エントリーですが・・・
 
 
最近本当に寒いですね。
ここのところ、昼も夜も用事があって外出することが多いのですが、
本当に寒いなーと思います。
 
 
でも、空を見上げると本当に抜けるような青空や、宇宙に放り出された
かと錯覚するような星空を眺めることが出来ます。
写真を撮るには最高の条件ですね。
 
 
あと!
 
写真と言えば今年もあります。
12月24日の、みなとみらい全館点灯イベント
 
 
みなとみらいのランドマークタワーやクイーンズたわーなどのオフィスビル
が協力して、すべての照明を点灯する、年1回のイベントです。
 
MM地区の夜景を撮るには最高のシチュエーションになりますので、
興味のある方は是非訪れてみてください。
 
 
極寒のなか、カップルたちが行き交い愛をささやきあう臨海地区で、
完全防備着用で三脚担いで歩いて、写真を撮るのもおつですよ。
 
全館点灯以外にも、各施設で大小のイルミネーションを飾っているので、
電飾のオブジェや、光の通路など、いろいろなものを写すことができます。
 
 
写真を撮らない方でも見て回るだけで結構楽しめると思いますので、
興味のある方は是非。
 
 
 
 

投稿者 senshu : 10:16 | コメント (0) | トラックバック


迷いを吹っ切るとブログの更新が滞る気が・・・

2009年12月16日

最近めっきり更新頻度が落ちていますが、相反して仕事というか、
新しいプロジェクトなどは勢いづいています。
 
 
元々このブログでは会社経営の愚痴ややるせなさをはき出していたのですが、
迷いを吹っ切って突き進み始めたら、そんな愚痴などがあまりなくなり、
現在はひたすら企画の整理をしております。
 
 
そんなことで更新が滞っていますが、この企画が表に出せるようになり、
また実際の製作が進み始めたら、その情報をどんどん出していけると
思います。
 
 
この先しばらくは、ご協力をお願いしている商社様などなどとの
打ち合わせなどが続きます。
年末年始を挟んで慌ただしいですが、目標が明確になったので
楽しい限りです。
 
 
ということでぼちぼち更新はして参ります。
滞ったからと言って病に伏せているわけではなく、元気でやっております。
 
 
寒いですが、皆様かぜなどひかれませんように。

 
って、まだ年末の挨拶じゃないですが・・・
 
 
 

投稿者 senshu : 23:53 | コメント (0) | トラックバック


決裁権者という側面から見る鳩山首相危うさ 続き

2009年12月14日

前回の続きです。
 
 
決裁権者にとって怖いのは、ごり押しをされることと、そのごり押しされた結果
相手を優遇したことを、第三者に突っ込まれたときにちゃんとした説明が出来ず、
第三者との関係を壊したり、あるいは漬け込まれたりすることです。
 
 
組織の長は、『無理難題を押し付けられたときに断る口実』を常に
いくつか持ってなければなりません。
 
 
それも、相手の面子を潰さないよう、自分の組織に無理が掛からないよう、
さらに、第三者に対しても等しく説明が出来るように、上手に断る手段です。
 
  
それがどれだけあるかで、複雑な利権の絡む多元的な交渉をどれだけ
バランスよく出来るかが決まりますし、自分の組織に降りかかる損害を
回避し、有利な交渉を進めることが出来るかが決まるといっても良いかも
しれません。
 

 

なので、基地問題や最近話題になっている『天皇陛下会見問題』などに見られる、
『私が柔軟に判断して対応します』という姿勢。
これは、実は決裁権者としては本当に見せてはいけないものです。
 
 
「自分が臨機応変に決済すれば実現するんだよ」という姿勢は、一見、
決裁権者としてとても柔軟で誠意のある態度に見えますが、全然違います。
 
 
これは、自ら『交渉したら私は負けます』という白旗を振るに等しいことなのです。
 
 
 
 
会社の社長であれば、

『私としては是非その案件を受諾したいのですが、それには取締役会の承認が
 必要で、それを納得させるだけの材料が足りないのです』

とか、

『善処したいのは山々ですが、予算的に無理だと経理から
 言われてしまいました』
 
とか、あるいは
 
『先代の会長がどうしても首を縦に振らなくて』
  
と他人のせいにしたりとか。
 
 
鳩山首相の発言は、こうした、『環境が許さなくて』とか『他人が承諾しなくて』という
逃げ口上、というか、手札を一切放棄してしまうのに等しい行為なのです。
 
しかも自分から『柔軟に判断する』なんていってしまったら、この先、
『うちのお願いは聞いてくれないんですか?
 貴方が柔軟に判断すれば出来るんでしょう?
 それとも、貴方はうちを軽視してるんですか?』
なんていわれたときに、返す言葉も無くごり押しを受け入れざるを得なくなります。
 
 
言い訳をしないで正面からすべて物事を解決できるのが理想でしょう。
 
でも、外交は1対1ではなく、多対多です。
しかも立場の強弱や、押しの強さ、歴史的な経緯など、自分でマネジメントできる
範囲を超えたしがらみや条件が無数にあります。
 
だから、他人のせいにしたり、環境のせいにする手札だけは持っていなければ
ならないのです。
 
そして、決裁権者は、自分に決裁権がある、ということに対して、そのリスクを
把握して発言や行動しなければならないのです。
 
  
  

投稿者 senshu : 21:27 | コメント (0) | トラックバック


決裁権者という側面から見る鳩山首相の危うさ

2009年12月13日

なんだかここに来て、政権交代が本当に一部の利権のためにばりばり活用され
はじめてきた反面、本来望まれていたクリーンな政治への転換は、間抜けな
正直者の理想論だったとでも言わんばかりに無力さをさらし始めた気がします。
 
 
その原因のひとつは、間違いなく首相のリーダーシップの無さ、決断力の無さ、
責任感の無さだと思うのです。
これは正直とても残念で、『クリーンな人=間抜け』ではなく、クリーンで地力の
ある実力者というものの存在を示してもらいたかったのに、という淡く抱いていた
期待が綺麗に裏切られそうな気がしています。
 
 
 
そこで、鳩山首相について、決裁権者としての資質はどうか、というのをちょっと
考えてみました。
 
 
 
会社と国家という違いはありますが、自分も社長という決裁権を持つものとして、
見たとき、鳩山首相のやばいほどの適性の無さを感じます。
 
 
 
 
まず、前にも取り上げた 『trust me』 の件ですが、決裁権者が他方の決裁権者に
『自分を信じてくれ』と言った場合は、約束の履行です。
そこに、「いいようにするからちょっと待ってて」なんていう甘い意味合いは含み
ません。
 
逆に言うと、自分の会社が他社と約束したことの履行が危ういときには、決して
『私を信じてくれ』なんてことは言いません。
たとえ“結果的に”であっても、それを反故にするというのは、自分と、自社の
信用を無に帰してしまうからです。
 
そういう場合は、『最善を尽くす』に留めるか、結果が変更になる公算が大きい
場合は、正直に『そちらへの悪影響は最小限になるよう努力する』と言ってしまって
実際に発生した損害には誠実に対処する、というほうが、後々の遺恨を最小限に
することが出来ます。
 
 
なので、決裁権者として約束の履行が出来るかわからないときには、
『私を信じてくれ』なんて口が裂けても言うべきでは無いですし、ましてや
それを言った後に回答期限を先延ばしにしたり、考えがぶれるようなことが
伝えられれば、相手は『コケにされた』と思われて当然です。
 
こうした言葉の重みの無さは、本当にやばいです。
 
 
 
 
長くなったので続きは次にします。
 
 
 
 
 

投稿者 senshu : 21:05 | コメント (0) | トラックバック


暮れの締めと落ち着きと

2009年12月10日

ここのところ更新が滞りがちですが、暮れに向けてやらなきゃいけない
ことと、来年にかけていくつか決まっているプロジェクトの整理とがあり、
うわぁとなりそうな自分と、落ち着け、という自分がいます。
 
 
この時期、おそらく皆様もそんな状態かと思います。
 
ということで、改めてやらなきゃいけないことと、予定されている
プロジェクトを整理がてら、このエントリーを書いてみました。
 
 
 
まず、映像関係で決まっているのが、次の二つです。
・DVD旭山動物園に行ってきました 2 リニューアル (1月)
・DVD旭山動物園に行ってきました 1 リニューアル (4月)

ゲーム関係は次のいくつか
・iPhoneアプリ(1月 動物アルバム)
・iPhoneアプリ(6月ごろ1タイトル)
・公式サイト関係

音楽関係は次のいくつか
・ゲーム用レコーディング
・ライブの手伝い数件
・CDジャケットの制作数件

ウェブ
・リニューアル 3件(1月~)

あと、例の件
・リアル店舗 1店舗開店(1月~準備 3月~工事 5月オープン)


う~ん、前半すべて埋まりましたね。
プロジェクトごとのお手伝い要員の方々のスケジュールを押さえれば、
あとは駆け抜けるままに半年が過ぎるでしょう。


その他、長くおつきあいいただいているお客様方々からいただいている
制作関係の打診が数件、これもスケジュールをちゃんと管理しながら
対応しないといけません。
 
新たな案件や、自社のプロジェクトに積極的に取り組むときこそ、既存の
お客様への対応を怠らないこと。その商売の基本というか商道徳というか、
それをないがしろにすると、足下から簡単に崩れてしまいます。
 
 
それから、改めて自分がやっていることの範囲の広さというか、節操のなさ
というか、、、
でもそれが、リアル店舗プロジェクトで結実するはず!
という感じです。
 
 
ということで、自分の整理がてら、今年から来年への気合いを
入れ直し中です。
 
 
 

投稿者 senshu : 10:12 | コメント (0) | トラックバック


ついに動き出しました

2009年12月 8日

ついに、少し前から準備をしていた新たな事業へ向けて動き出しました。
 
 
行政書士から始まった、(一応)まっとうな社会人生活でしたが、そこから
プログラマーになり、デザインやカメラマンもやり、音楽の仕事をし、、、
と、何だか流転の遍歴をたどってきました。
 
 
職歴、家庭、人間関係、出会いや別れや巡り合わせなどなど、本当に
いろいろな場面を経て、今の自分があることを実感しています。
 
 
次の事業は、今までの経験のすべてを注ぎ込んで挑むものです。


今までに得た経験をすべて活かし、信頼関係を築いてきた皆様にご協力を
いただき、過去に失敗に至った要因を排除し、そして外的要因による
影響を出来るだけ受けないように自分でマネジメントできる環境を作り、
自分の力を最大限に発揮できる場にするつもりです。
 
 
正直、今までの人生失敗が多すぎ、何も形に出来ない自分が嫌で、自分に
何の価値があるんだろうと自問しては憂鬱になることが本当に多く、
それでもどうにか今までやってきたことを集大成として形に出来れば、
少しは『成功』といえる結果を残せるのではないかと、すがるような気持ち
でもあります。
 
 
わざわざいつもここを見に来てくださっている皆様には、年末から
年始にかけてあたりで、詳細のご報告をさせていただけると思います。
 
 

投稿者 senshu : 22:41 | コメント (0) | トラックバック


trust me は姿勢ではなく結果

2009年12月 5日

鳩山首相が米国の大統領に対して、「trust me」(私を信用して)と言った
話がありました。普天間基地移設の問題についてです。
 
そして、米国の大使が進展しないこの問題に激怒した、という話が昨日
ぐらいにありました。
 
 
本当にただの私見で雑感ですが、鳩山首相は、「自分を信用して」という
言葉を、普通の人間とは違う感覚で捉えているのではないかと思います。
 
普通は、「信用して」というのは、「約束は守ります」という意味です。
それが、「精一杯やるから」ぐらいの感覚で使っているのではと想像します。
 
 
一言で言えば、常に自分が優しく扱われる環境での言葉の使い方しか、
知らないで使っているのではないかということです。
 
 
 
ちょっと話はずれますが、こんな印象を受けます。
たとえば、子供が『横浜から広島まで自転車で横断します』と宣言して
出発します。
しかし、実際にこぎ出してみると、思った以上に疲れるし辛い。
しかも雨が降ったり、風が吹いたりして、思うように前に進めない。
 
そんな中、天下の険である箱根にさしかかったとします。
こんなに大変だとは思わなかった。でも、せめてこの箱根だけは越えよう、
そう思い、箱根を越えたところで断念したとします。
 
 
家に帰り、母親や自分に対して優しい人に対して、『広島までは行けな
かったけど、すごく大変な箱根は越えたよ』と言えば、『偉いね』と
言ってもらえるでしょう。
 
そんな大変なことをしてあなたは大した人間だと言ってもらえるでしょう。
 
 
ですが、他人に約束をして出発していたとしたらどうでしょう。
結果、やると言ったことが出来なかった人でしかありません。

 
 
母親や家族や、優しい人たちは、その意気込みを重視し、善意ある解釈を
してくれます。場合によっては結果はあまり重要ではありません。
 
しかし他人にとっては、結果がすべてです。
 
 
この感覚で、他国の元首に、自分を信用して、と言ったのでは無いかと
思うのです。
すなわち、「僕は一生懸命やるからちょっと待ってて」ぐらいの感覚で。
決して、「あなたとの約束は自分の責任において果たします」という
意味合いを持ち合わせていなかったのではないかと思うのです。
 
もっと言えば、家族的な優しい人たちに囲まれてここまで来たがために、
「自分の努力は他人がくみ取って褒めてくれるはず」という感覚しか
持ち合わせていないのでは無いかとすら思います。
 
そう考えると、米国の大統領と始めて会談した後に、「自分と相手の間に
信頼関係が築けた」というような発言をしたことについても、国民への
ポーズではなく、もしかしたら本人が心底そう思い込んでいたのかも
しれません。
 
 
私のことは棚に上げて、分不相応なことを言わせていただければ、愛や寛容
は粘り強く与えるものであり、相手から当然得られるものだと思ったら
大間違いです。
 
 
trust me という言葉により、基地の是非の問題が、二国間の約束をどう
扱うか、という問題になったわけです。その重大さに気がつかないで
いるのなら、ちょっとどうかと思います。
 
 
 
で・・・
政治の話を書くたびに書いていますが、私は自民党支持者ではなく、
民主党支持者でもなく、2大政党制支持者です。
 
なので、民主党には期待しましたし、自民党の再生にも期待をしていますが、
現在の民主党は、表で国民の耳障りのいいことをやりながら、裏では、
古い自民党が手放した利権を一生懸命再構築しているようにしか見えません。
 
ひどい言葉を使えば、『間抜けな善人』が盾になり、『悪賢い大人』が
好き放題自分への利益誘導を計っている感じです。
 
 
 

投稿者 senshu : 12:15 | コメント (0) | トラックバック


常連とリピーターと店舗規模の続き

常連と事業規模の続きです。
 
 
常連の功罪を前のエントリーで書きました。
では、常連が与えてくれるメリットである、ある程度安定した売り上げを
享受しながら、経営に悪影響を与えないようにするにはどうすればいいでしょう。

解決策としては、お店にある程度の社会性を持たせるしか無いのでは
ないかと思います。
 
居心地の良さや、マスターの親近感から、店内が自分のテリトリーのように
勘違いをしてしまうことを防ぐために、家庭的でありながらも、
「ここは不特定の人が出入りする公共の場であり、社会的な場である」
という認識を、一線を越えさせない程度に持たせられるような工夫が
必要だと思います。
 
 
店舗規模がある程度、たとえば20席以上あるようなお店では、数人の
常連の振る舞いが店舗全体を支配することは無くなります。
あるいは、常連が安心して自分の居心地を確保できる空間と、一般の
お客さんが飲食を楽しむ空間を切り離すゾーニングもできます。
 
 
 
常連はお店にとって、たとえば家賃や水道光熱費などの固定費部分を
まかなうためには、とてもありがたい存在なのには間違いありません。
ただ、家賃と水道光熱費だけしか売り上げが上がらない状況に陥ると、
経営は立ちゆかなくなります。
 
 
飲食店は、小さな規模で1店舗から始めてしまうと失敗したり、あるいは
売り上げを伸ばすことも撤退することもできずに単価の低い労働を
続けるしか無くなる状態に陥ったりしやすいと言います。
 
 
小さい規模で始めるのなら、人を惹きつけるメニューなどの工夫に加え、
客単価をある程度以上に保つ工夫や、こうした常連のマネジメントなどに、
しっかりと配慮しないといけませんね。
 
 
 

投稿者 senshu : 11:32 | コメント (0) | トラックバック


常連とリピーターと店舗規模

2009年12月 3日

商売を安定させるには、リピーターの確保が重要です。
ただ、常連と言われる存在については、いろいろな面からしっかり調整
しないと、かえって商売の妨げになる場合があります。
 
 
ここのところ、とある親戚に会うたびにこういうことが話題になります。
その彼はアルバイトも含めて「洋食屋」→「酒屋」→「魚屋」という職歴を
渡り歩いてきました。
 
仕事を転々としている、のかと思いきや、将来居酒屋をやりたいという
夢があり、その準備のためだったんですね。たいしたもんだなぁと思います。
 
 
そのときに話題になるのが、いかに経営を安定させるか、という話なの
ですが、当然のように、リピーターや常連は確保したい、と考えています。
 
彼の想定しているのは、彼一人でまわせる小規模な居酒屋。
ですので、10席程度、空席率の高い設計の場合でも20席には届きません。
 
 
仮に12席とした場合、一席あたり2回転で単価3000円として、
売り上げが72000円です。30%~40%程度の食材費や水道光熱費、
家賃等々差し引いたら、結構かつかつです。
 
 
毎日2回転であれば、小規模な居酒屋としては優秀です。
それでも、結構ゆとりは無いなあという感じだと思います。
 
 
それだけに、回転率を維持するために、リピーターや常連の確保が欠かせません。
 
 
ただ、場合によって常連さんが、商売をたち行かなくすることがあります。
 
 
どういうことかというと、常連は基本的に客単価が低いです。
家で飲む代わりに、居酒屋のおやじさんをからかいがてら飲みに来る人が
多いので、お店によっては2000円を切るぐらいまで客単価が落ちて
しまいます。
 
 
その上、滞在時間が長いので、お店の回転率は落ちてしまいます。
場合によっては、それがお店の経営を圧迫しかねません。
というのも、一般のお客さんにとっては、何時行っても席が空いていない
お店、ということになり、通常飲みに行くお店のリストから外されて
しまうからです。
 
設定している客単価のお客さんが減ると、ますます全体の売り上げが落ちていきます。
 
 
 
売り上げのベースは確保したいけど、客単価や回転率を上げたい、という
お店にとって、これはとても悩ましい課題だったりします。
 
 
私も1軒だけ、こうしたおやじさんが一人でやっている小規模居酒屋で
たまに行くところがありますが、いつも5割がた人が座っているのですが、
ほとんどの人があまり注文することなくぼーっとテレビを眺めたりして
います。
 
ただ、このお店の場合はマスターが一人、持ち家で開店しており、安いとは
いえ、粗利率の高い焼酎などが中心のため、問題なく経営ができているのだと
思います。
 
 
 
あと、常連の功罪としては、12席程度のお店であれば、一組3~4人の
常連がいれば、それでほぼお店の雰囲気が決まってしまう、ということが
あります。
 
最悪なのは、常連が勝手にお店ルールを作り、ほかの客ににらみをきかせる
ようになることです。
これは百害あって一利なしで、こうなると、安い単価で席を埋められ、
その上ますます一般客の足を遠のかせてしまう、ということになります。
 
 
前述の私の行くお店では、いわゆる常連さんが不作法にほかのお客さんに
話しかけたりちょっかいを出したりすると、マスターがすぐにやめさせます。
時には、もう帰りな、と、常連さんの方を退店させてしまいます。
 
なので、どこからどう見ても場末のスナックのようなところなのですが、
意外なほど客層は多様で、近所の奥様の集まりのような人たちも気軽に
来店します。
 
 
 
長くなりましたので、店舗規模と常連については次回にします。
 
 

投稿者 senshu : 10:16 | コメント (0) | トラックバック


ナッツ禁止令とドラムダイエット

2009年12月 1日

ここのところ、初夏の富士山登山以降の気のゆるみと、食べ過ぎ飲み過ぎで
みるみると太ってしまい、先日の法事では会う人あう人に「太ったねー」と
言われる始末だったのですが。。。
 
といっても173cmで体重が70kgに近づいた程度ですので、標準体型には
収まっているのですが、人生最大の太り方でした。
 
私の場合はまず顔に出るので、みっともないったらありゃしないのです。
 
 
 
そこで各方面から、ナッツ禁止令が出されたのですが、何かというと、私は
夜寝る前に、結構ビールやお酒を飲むのですが、そのときのつまみ
として、「ミックスナッツとチーズ鱈を交互に食べる」という、どう
考えても脂肪やら油やらを摂りすぎな至福の時間を味わっていました。
が、それを禁止されてしまったんですね。
 
 
まあ、禁止と言われても買ってきて食べてしまえばそれまでなのですが、
一応忠告を素直に受け入れて従っております。
 
 
ところで、以前ゲームメーカーさんとの企画会議で結構白熱し、さすがに
ちょっと休憩しようとなったとき、そのメーカーさんが部下の方にお金を
渡して、「これで皆さんでつまめるおやつでも買ってきて」と言った相手
が、部下の中で一番太った方でした。
 
 
その方が、ごく自然に「ハッピーターン」と「カントリーマーム」と
コーラを買ってきたとき、炭酸飲料を飲みながら、しょっぱいものと
甘いものを交互に・・・と妙に納得したものです。
 
 
 
さておき、普段から片道30分ぐらいの徒歩通勤で往復していますので
体を動かしていないわけでは無いですし、かといってスポーツジムもまた
続かなくなりそうだし、どうしたもんかなと思っていたのですが、
ちょうどドラムの練習が楽しくなっていたところだったので、ジム代わりに
スタジオに通うようにしています。
 
1回1時間として、個人練習で800円です。
スティックさえ持っていれば、あとはすべてスタジオに置いてあります
ので、気楽に通えます。
そのスティックもせいぜい800円~1000円ぐらいで、無ければ
スタジオで販売もしています。
その日の空いてる時間を見つけてスタジオに電話し予約を入れて、1時間
ほど汗をかいてまた仕事に戻る、という感じで週に2回ぐらい行くように
してみたのですが、これが最高にいい感じです。
 
 
体は動かせるし、気分転換になるし、ドラムは上達するし、何より無理なく
続けられます。
というのも、ジムに通っていたときは、今ひとつ目標が持てなかったの
ですが、ドラムの場合、叩きたい曲やフレーズなど、常に次の課題を課す
ことができますので、飽きることなく続けることができるんですね。
 
 
ということで、当分これで楽しみながらダイエットを続けようと思って
います。
 
 
 
 
 
 

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