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今年最後に得た教訓
2009年12月31日
皆様。
本年もこのブログにお付き合いいただきまことにありがとうございました。
また、はやっさんを始め、実生活でも本年一年お付き合いいただきました
皆様、いろいろご迷惑ご心配をおかけしたかと思います。
とりあえず、一年が終わるようです。
本当に、一年間いろいろありました。
今年最後に得た教訓は、こんな感じです。
『誰かを支えるとは、将来像を実現させることではなく、
過程をじっと見守り、その人自身の苦悩につきあうこと』
相手が個人であれ、何かしらのグループであれ、です。
人と関わり合うとき、どうしても、
「この人はもっとこう出来るはずだし、その方が幸せなはずだ」とか
「もっとこうすれば仕事がうまくいくのに。もっと稼げるのに」とか、
「人としてこうした方がいいのに。」とか考えてしまいます。
それは、一見他人思いのように見えますが、そこには、どうしてもこちら
主観の”願望”であったり、または、こちら主観の自己実現の結果を求めたり
というものが入り込んでしまいます。
つまり、この人にはこうあってほしいというような自己の願望や、この人を
より高めることが"自分に出来た"という自己実現の投影であったりします。
相手のことを思いやっているつもりが、相手の将来像を勝手に思い描き
それを実現するための自己表現になってしまう。これはもう、自分のための
主観的な行動でしかありません。
下手をすると、それによって相手に負担をかけ、相手を追い込み、その
大切に思いやっているはずの人と間に、大きな溝を作りかねません。
ということで、何だか思うことは、例えこちらの主観で良くは思えない
誰かの現状を目にしたとしても、それを自己の理想に当てはめて何かを
押しつけるのは間違いだということ。
もしも、自分が助けになりたいと思うほどの相手がいるのであれば、
そのときは相手の”理想像の完成”を助けるのではなく、相手の主体的な
行動を見守ってその人自身を支えてあげるべきだなと思います。
自分の思う方法と全然違っていた時、手や口を出さずにじっと見守って
その人やそのグループなどを支え続けるのは、相当な覚悟や忍耐が必要です。
逆に言えば、それぐらい自分が覚悟を持てる相手でない限り、中途半端に
人に関わるのは、無責任な事であり、それほどの関わりを持てる相手であるか
冷静に考えてから行動しなければならないのだなと思いました。
ということで、また一つ大人の階段を登ったつもりで、
来年の自分に期待したいと思います!
皆様良いお年を!
投稿者 senshu : 2009年12月31日 16:40
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コロ (2009年12月31日 17:08)
深い・・・
今ならわかる、この文章の意味が・・・・
昔の私だったら、たぶん、言いたい意味がわからなかったですね。きっと。
お互い、オトナになったねぇ~
しみじみ・・・
千秋 (2010年1月 2日 10:37)
お互い大人になったね~
まあちょっと前には考えもしなかったでしょうね、
こんな風には。
いろいろ経験を自分の都合だけで処理せず、
周囲と冷静に関わって生きたいと考える新年。。。