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trust me は姿勢ではなく結果
2009年12月 5日
鳩山首相が米国の大統領に対して、「trust me」(私を信用して)と言った
話がありました。普天間基地移設の問題についてです。
そして、米国の大使が進展しないこの問題に激怒した、という話が昨日
ぐらいにありました。
本当にただの私見で雑感ですが、鳩山首相は、「自分を信用して」という
言葉を、普通の人間とは違う感覚で捉えているのではないかと思います。
普通は、「信用して」というのは、「約束は守ります」という意味です。
それが、「精一杯やるから」ぐらいの感覚で使っているのではと想像します。
一言で言えば、常に自分が優しく扱われる環境での言葉の使い方しか、
知らないで使っているのではないかということです。
ちょっと話はずれますが、こんな印象を受けます。
たとえば、子供が『横浜から広島まで自転車で横断します』と宣言して
出発します。
しかし、実際にこぎ出してみると、思った以上に疲れるし辛い。
しかも雨が降ったり、風が吹いたりして、思うように前に進めない。
そんな中、天下の険である箱根にさしかかったとします。
こんなに大変だとは思わなかった。でも、せめてこの箱根だけは越えよう、
そう思い、箱根を越えたところで断念したとします。
家に帰り、母親や自分に対して優しい人に対して、『広島までは行けな
かったけど、すごく大変な箱根は越えたよ』と言えば、『偉いね』と
言ってもらえるでしょう。
そんな大変なことをしてあなたは大した人間だと言ってもらえるでしょう。
ですが、他人に約束をして出発していたとしたらどうでしょう。
結果、やると言ったことが出来なかった人でしかありません。
母親や家族や、優しい人たちは、その意気込みを重視し、善意ある解釈を
してくれます。場合によっては結果はあまり重要ではありません。
しかし他人にとっては、結果がすべてです。
この感覚で、他国の元首に、自分を信用して、と言ったのでは無いかと
思うのです。
すなわち、「僕は一生懸命やるからちょっと待ってて」ぐらいの感覚で。
決して、「あなたとの約束は自分の責任において果たします」という
意味合いを持ち合わせていなかったのではないかと思うのです。
もっと言えば、家族的な優しい人たちに囲まれてここまで来たがために、
「自分の努力は他人がくみ取って褒めてくれるはず」という感覚しか
持ち合わせていないのでは無いかとすら思います。
そう考えると、米国の大統領と始めて会談した後に、「自分と相手の間に
信頼関係が築けた」というような発言をしたことについても、国民への
ポーズではなく、もしかしたら本人が心底そう思い込んでいたのかも
しれません。
私のことは棚に上げて、分不相応なことを言わせていただければ、愛や寛容
は粘り強く与えるものであり、相手から当然得られるものだと思ったら
大間違いです。
trust me という言葉により、基地の是非の問題が、二国間の約束をどう
扱うか、という問題になったわけです。その重大さに気がつかないで
いるのなら、ちょっとどうかと思います。
で・・・
政治の話を書くたびに書いていますが、私は自民党支持者ではなく、
民主党支持者でもなく、2大政党制支持者です。
なので、民主党には期待しましたし、自民党の再生にも期待をしていますが、
現在の民主党は、表で国民の耳障りのいいことをやりながら、裏では、
古い自民党が手放した利権を一生懸命再構築しているようにしか見えません。
ひどい言葉を使えば、『間抜けな善人』が盾になり、『悪賢い大人』が
好き放題自分への利益誘導を計っている感じです。
投稿者 senshu : 2009年12月 5日 12:15
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