TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み:2010年3月分
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選挙のこと、自分たちのことしか考えていない、だけじゃないかも
2010年3月25日
さらに、民主党のやばいところは、何より“自分たちの選挙のこと”しか考えて
いないことです。
もちろん選挙によって自分の地位を得る政治家である以上、選挙の事を考えるのは
当然ですし、自分が国政に出ることが世の中のプラスになるという信念があれば
こそ、その地位を守ろうとするのは当然でしょう。
でも、明らかに手段である選挙が目的化しすぎています。
選挙をするための人を国費を払って養っているようなもんです。
その上、地方選挙のたびに飛び出す、
『政権与党である民主党の候補者がどうなるかで、それなりの態度を取りますよ』
という恫喝のような選挙演説や、
『民主党の候補者が当選すれば高速道路でも何でも作り放題です』という
あからさまな利益誘導の応援演説など、さすがに引きます。
地方分権も何もあったもんじゃありません。
ちょっと話は違うかもしれませんが、以前に、民主党政権になったとき、
『これで本当の弱肉強食社会がやってくるな、と考えた』と書きました。
また、閉鎖的な社会に向かっているという事も以前のエントリーで書きました。
上記のようなものがいい例で、誰に付くかで利益を得られるか、どちらに
味方するかで利益を得られるか、何処の村社会に入れてもらえるかで生きて
いけるか、という流れに、確実に向かっています。
地方からの陳情を民主党の地方支部を窓口にして、幹事長室に一本化する、
というのも、族議員を生まないため、といえば聞こえがいいですが、普通に
考えたら利益も権力も統制するということに他なりません。
利益や権力は、普通は分散している方が、独裁者を生むリスクを減らせます。
でも現状は誰かにそれが集中する仕組みになっているのです。
党の仕組みではなく、日本という国の仕組みが、すでにそうなってしまっているのです。
独裁的な社会は不公平を生み、貧富の差を生みます。
正常な経済活動が停滞すれば、国全体の地盤沈下を進めます。
うがった見方ですが、民主党は、というか、小沢幹事長はそれを見越して
動いているのでは無いかとすら思えます。
つまり、日本がこのまま経済的に立ちゆかなくなっても、民主党によって
囲い込まれた身内だけは助かり、その他は絶望的に悪化した経済で苦しむ、
極端な2極化が起こりえる、という前提で動いているのでは無いかとすら
思えてしまいます。
現在の財源無きばらまきは、必ず将来の日本の財政を圧迫します。
当然です。
お金はどこから沸いてくるわけでもなく、他国がプレゼントしてくれる
わけでもありません。
それを理解していない国民でも、一票の投票権は持っています。
数年間、ばらまき続けてその後に日本がつぶれても、それまでに自分たちの
ノアの方舟を完成させ、その中に入れていればセーフ、というチキンレース。
本当にうがった見方ですが、財政も経済状況も悪化している日本を目にして、
二通りの選択肢があると思います。
一つは、何とかして立て直そうと努力する。
一つは、潰れてしまっても自分だけは助かる準備をしておく。
小沢幹事長は、この後者の立場を取ろうとしているのでは無いかと思うのです。
自分たちの利益だけしか考えていなければ、それは悪政につながり、
国民や国の将来に悪い影響を与えます。
それを監視する耳目を持たなければいけないのですが、その情報源がどんどん
奪われつつあります。
民主党議員は自由に発言できないのは、例の横粂議員のテレビ取材のような
ことから見て取れます。
が、それ以上に深刻なことがあります。
官僚や役人の記者会見や、国会での答弁が禁止される方向に法改正が進んでいます。
運用ではなく、法改正です。
政治主導といえば聞こえがいいですが、口をふさぐことが必要でしょうか。
悪政に異を唱える行政の声すらも国民には届かなくなってしまうということです。
自民党議員も、もちろん自分の選挙が大事だし、利益誘導などももちろん
ありました。
でも、陳情の一本化のような権力集中、その結果国政が悪化してもその状況
が国民の目に届かなくなるような体制作りなど、ここまで露骨にはやりませんでした。
この政権交代というものが、想像以上に異質なものを国政の中心に据えた
ことだったと改めて思わされます。
投稿者 senshu : 13:14 | コメント (0) | トラックバック
自民党よりはマシ?
2010年3月23日
昨日書いた話ですが、なんだか筋書きがあるかのような展開になりましたね。
小沢幹事長が生方氏の副幹事長解任撤回だそうです。
解任決議をした副幹事長会ではなく、幹事長が解任撤回決定。
恐怖と慈愛。
役割分担が出来てるようです。
ただ、これは筋書きがあったわけではないと思います。
部下が勝手に跳ねた(行き過ぎた懲罰を行った)状況を、小沢幹事長が利用した
だけでしょう。
これで党内でもさらに批判しづらくなる上に、挙党体制のシンボルとしての地位を
固めることができますから。
さておき、今回のテーマは、民主党は自民党よりマシか?という話です。
これを書く目的は、決して『民主党がこんなにひどい!』といいたいわけでも、
『自民党のほうがこんなにマシ!』といいたいわけでもありません。
そうではなく、思い込み、つまり『民主党のほうが自民党よりマシなはず』とか、
『もう少し我慢をして自民党の息の根がとまり民主党の政権担当能力が上がれば
良くなるはず』という思い込みを捨てて、冷静に、個々の事象を判断して、
民主党を支持し、批判するほうが健全では無いかと思うからです。
民主党が自民党よりマシかどうか、というのは、民主党のイメージとしての、
・政治と金の関わりにおいてクリーンである
・財政の無駄を無くし安定した国家運営と高い福祉の確保ができる
・弱者の利益を守ることが出来る
・嘘をつかない誠実な政治家の集まりである
などの点が挙げられると思います。
まず一番目、政治と金の関わりにおいてクリーンかどうか。
これは論ずるまでも無く、幹事長の秘書が何人も逮捕され、党首が脱税し、さらに
裏献金で秘書が逮捕される議員が出るなど、自民党と大差ありません。
より悪いわけでもないかもしれませんが、より良くも無いです。
次に、財政の無駄を無くし安定した国家運営と高い福祉の確保ができるか、という
ことですが、これも否定的です。
一見事業仕分けでそれを実現したように見えますが、実績としてはパフォーマンス
の粋を出ていません。
それどころか、高速道路の建設を復活したり、目的や経済効果もはっきりとしない
子供手当てを財源の不確かなまま推し進めるなど、財政の健全化は見込めません。
目先の支持集めのための浪費がひどすぎます。
子供手当ても、本当に出生率の改善が目的であれば、制度と設備、つまり
社会インフラの整備が先であり、保育所の整備や子供の医療制度の整備が
先です。
それに、はるかに少ない財源で育児のためのインフラ整備が出来るはず、という
地方の声も多くあります。
子育ての社会インフラに不安があれば、支給されるお金は将来への貯蓄に
回されるため、景気対策にもなりえません。
次に、弱者の利益を守ることが出来るかどうか、ですが、これも怪しいと思います。
その理念にかけている、というより、政策として実現する能力に欠けている、と
思います。
派遣社員を切れなくすることについてもそうですし、家賃滞納者を賃貸物件から
退去させづらくする法案にしてもそうですが、一見、出口を閉めれば弱者を守る
ことが出来そうですが、それでは単に、入り口が閉ざされてしまう結果しか招き
ません。
派遣社員は雇わない、経済的に不安がありそうな人は入居させない、という
流動性の無い市場を作るだけです。
入り口の広さ、出口の広さ、落ちた後のセイフティーネットのバランスを整える
ことが政治の役割だと思います。
それに、弱者を救済しようとすれば、財源も社会的な受け皿も必要になります。
それは、言うまでも無くお金が掛かることであり、そのお金の出所は、多額の税金を
収める“経済的な強者”です。
強者を叩いたら、弱者に回すお金もなくなります。
政治に求められるのは、この経済的な強者を育てることも含めたバランス感覚です。
それから、嘘をつかない正直な政治家の集まりであるか、ということですが、
これも、
・秘書が業務上で犯罪を犯したら議員バッチをはずす → 党職すら辞めない
・天下りは認めない → 郵政公社などで天下り
・高速道路を無料化する → 実質値上げ
・普天間基地は最低でも県外移設 → ほぼ沖縄県内に決まりそう
などなど、挙げればきりが無いほど多くの嘘があります。
それも、実現できない約束をしてしまった、というものだけではなく、いつでも
履行しようと思えば出来ることすらしていない、というものです。
民主党が自民党よりマシだから、多少の害悪には目をつぶってでも民主党を
白紙委任で支持し続ける、というのはあまりに無謀な話だと思います。
前回書いた、クリーンなイメージを担当する若手と、その影で利権固めをする
権力者の構図も、盲目的に民主党を支持し続ける層が多い限り変わることは
ありません。
民主党を支持するにしても、どの部分を支持するのか、どの部分を批判するのか、
それは有権者として賢く声を上げるべきではないかと思います。
勢いですっごい偉そうなことを書いたところで、また続きにします。
投稿者 senshu : 21:18 | コメント (0) | トラックバック
政権与党のやばさ
2010年3月22日
前のエントリーの続きです。
日本政府のトップのやばさは前回触れました。
今回は、その政府を構成する政権与党の、特に幹事長のやばさについてです。
日本の行政権を持つ内閣は鳩山首相をトップとした閣僚で構成されています。
日本は議院内閣制ですので、立法権を持つ国会の多数会派がその内閣を構成
します。
現在は民主党、国民新党、社民党の連立政権です。
その最大与党の民主党は、政治的に清潔で新鮮だというイメージで、徐々に
議席を伸ばし、前回の選挙で、『一度やらせてみよう』という大きな民意を
得て、衆議院第一党に躍り出て、政権を持つに至りました。
『何かが変わる』という期待が形になった瞬間でした。
しかし、残念ながらそのイメージと実態では大きな乖離があります。
クリーンなイメージ、フレッシュなイメージの議員は衆議院に大勢誕生
しました。
でも、その裏にいたのは、ダークで旧態依然とした権力を持つ民主党の
小沢幹事長でした。
クリーンでフレッシュなイメージ担当と、実質的な権力の掌握者が別々に
存在する、という恐ろしい状態です。
どんなに清潔で新鮮な人員を国会に送り込んでも、その数が増えるほど
ダークで古い権力者の手駒の数が増えるだけ、という現状です。
それでも、国権の最高機関たる国会の議員が、その精神的な独立性を持って
個々の議員として自らの意見を言えれば、こんな状況では無くなるかも
しれません。
しかし、それは全く望めなくなってしまいました。
独裁者、という言葉がこれほどぴったりなのも珍しいかもしれません。
それも、ひとレベル熟成された独裁体制が醸成しつつあるように思われます。
先日の副幹事長解任や、横粂議員のインタビュー中断などでわかるように、
独裁者へ矛先を向けた人間に対する粛正や牽制を、周囲のものが自発的に
行っています。
独裁者が自ら怒鳴り散らして腕力を見せつけて支配する、なんてのはまだまだ
恐怖政治のうちには入りません。
本当に怖いのはその次の次の段階。
組織の構成員たちが、権力者の意をくんだ発言をするようになります。
それまでもテレビなどで発言してきていた若手の民主党議員などの、現在の
発言を聞いていると、本当にクリーンな政治を希求してきた人かと思うような
事が多いのは、このためでしょう。
次に、権力者に過度の畏怖心を抱き、権力者が望むことに自ら率先して手を
汚すようになります。
恐怖心から服従心が過度に強くなり、それを克服するために、権力者との
同化欲求が強くなった段階です。
民主党は、現在この段階にあると思っていいのではないかと思います。
ここまで来れば、周囲が勝手に粛正をすることにより権力者は自らの手を
汚したり、批判を受けたりするリスクが無くなります。
同時に、そうした構成員による自発的な粛正行為に対して、表向きたしなめる
態度を見せることにより、慈悲の顔を見せることが出来るようになります。
つまり、自らは何もする必要は無くなるのです。
周囲が勝手に粛正し、慈悲の心を見せる。恐怖と慈愛。飴と鞭。
何もリスクを負わず、苦労せず権力を維持することが出来る様になります。
自らが威圧し強権をふるう段階、つまり組織を支配する初期の段階では、
その暴力的な振る舞いの責任やリスクは自らに帰ってきます。
でも、この段階まで来るとその責任やリスクとは無縁です。
勘の良い方はもうお気づきだと思いますが、乱暴に言ってしまえば、もう
民主党の権力構造の『一部』は、カルト組織のそれに近い段階に移行
している、ということです。
それまでテレビでさんざんクリーンな政治などを訴えていた細野豪士議員
などが、まるでオウム真理教時代上祐史浩氏のように、言い訳と作為的な論点の
錯誤で批判をかわそうとしている姿にダブります。
すでに彼らが見ているのは世間や国民では無いため、どんなに世間には
受け入れられない理屈でも、当然のように言い切ってしまっています。
民主党の『一部』の権力構造と書いたのは、まだ組織全体まではそのヒエラルキーに
取り込まれていないと思われるからです。
宗教組織と政党組織は違うので、完全にカルト化するなんて事は無いでしょう。
でも、いま真っ当な民主党議員が、自らの意志で声を上げておかなければ、
例え小沢氏が失脚してカルト的な患部が取り除かれたとしても、そのときは
すでに世間からはそっぽを向かれてしまっています。
そうなったら、もう二度と元のイメージに戻ることが出来ません。
それは、単に民主党がだめになる、という話ではなく、国民にとって、
大きな損失になると思います。
民主党を支持する、支持しないに関わらず、『クリーンな政党』というのは
政治に掛ける純粋な理想的存在であり、希望であると思うのです。
国民が期待する『クリーンな政党』というものが幻だった、幻想だったという
結果になるならば、それは民主党が長期的に権勢を維持しようが、崩壊しようが、
国民の大きな落胆、政治に対する幻滅につながります。
私は元々民主党支持者ではなく(二大政党制支持者です)、政権担当能力が
ない政党が与党になるのはあまり望んでいなかったのですが、まさかここまで
ひどいとは思っていませんでした。
一部の権力者が大きな力を得るだろうなとは思っていましたが、まさかこんなに
若手が従順に手駒化して、恐怖政治の完成に向けて自発的な動きをするとは
思っていませんでした。
長くなりましたのでまた続きにします。
投稿者 senshu : 11:29 | コメント (0) | トラックバック
日本は本当にそろそろやばいかもしれない
2010年3月20日
政権交代から今まで、わりと直接的な表現を避けて、政治への批判めいたものを
書いていましたが、、、
そろそろそんな状況じゃ無くなってきたかもしれません。
民主党政権、本当にやばいです。
じゃあ自民党政権がすばらしくてそっちの味方をするのか!というと、
そういう問題ではなく、イデオロギーの問題でもないですし、あっちがむかつく
からこっち、という問題でもありません。
ただ本当に、民主党政権は危険です。自民党の腐敗や癒着はひどかったですが、
それとは質が違うやばさがあります。
こんな小さなブログで書いたところでどう変わるというものでも無いのですが、
いままで溜め込んでたものを、しばらく書き殴ろうと思います。
まず最初に、日本人は現在、誰も自分たちの事を守ってもらえないし、
相対的にひどく損をさせられる状況にあります。
守ってもらえなかったり損をさせられる程度ならまだいいのかもしれませんが、
自分たちの骨身を削らされて、他国や他人のために、じわりと将来を奪われ、
辛苦を味あわされる状態にあると言っても言い過ぎでは無いかもしれません。
その理由は、現在日本には、日本人には、その安全と利益を代表してくれる
代表者がいないからです。
本来であれば、言うまでもなく、鳩山総理のはずです。
人類愛、全地球愛、隣人愛、それはとても結構な事だと思います。
が、、、
日本人と日本国の代表という立場においては、完全に日本人と日本国の
利益と安全の代表でいてもらわなければ困るのです。
米国には米国人と米国の安全と利益を代表する大統領がいますし、中国には
中国人と中国の安全と利益を代表する中国共産党総書記がいます。
彼らは常に、自分の国の安全と利益を最優先します。
地球的な問題でも、国際市場での他国との争いでも、領土問題でも、軍事でも、
常に、自国の利益と安全を最優先して行動します。
それは、自国と自国民のトップであり、その利益を代表するものだから
当たり前の事です。
でも、日本には残念ながらその人がいません。
『日本は日本人だけのものではない』『人類がいないのが一番の環境対策』と
発言してしまう人を、本来は日本を守り、国民を守るべき人がいなければ
ならないポジションに据えてしまっています。
これは、イデオロギーや考え方、あるいは愛情や人間性の問題ではありません。
自分の『立場』を認識して、求められる振る舞いが出来るかどうか、という
『能力』の問題です。
今の日本の代表には、その『能力』が決定的に不足しています。
愛情があることはすばらしいじゃないか、他人を思いやるのはすばらしい
じゃないか、という考えもあるかもしれません。
それはその通りだと思います。
でもそれは、責任を持って守るべきものを守れた上での話です。
家庭における親も、会社における社長も、まずは最大限、自分の身内を
守ることが仕事です。
その認識無く、家庭や会社を崩壊させて愛を説くのは無責任極まりない
話です。
『じゃあ今までの総理大臣はみんな国民の事を第一に考えていたのか?』
あるいは
『自分の利益より国民の利益を最優先したのか?』という意見もあるでしょう。
いままでさんざん腐敗と汚職を重ねてきた自民党政権ですから、そんな
思いは当然だと思います。
が、いえるのは、
『少なくとも自分の立場は認識していた』ということです。
決して自民党擁護でいうわけではありません。
だからこそ、自民党時代とは異質なやばさだ、ということです。
トップに自分の立場すら認識できない人をすげて、実質的な権力者が
何をやっているか。
単に業界から裏金をもらっている、なんていう話ではありません。
ここにこそ自民党時代と異質な危険があります。
長くなりそうなので続きは次に書きます。
投稿者 senshu : 17:39 | コメント (0) | トラックバック
右派vs左派は紅白戦? の続き
2010年3月17日
それで、行き着くところ、自己矛盾への悶絶と、紅白戦としての罵り合いです。
あっちの裏金は悪い裏金。こっちの裏金は仕方の無い裏金。
あっちの癒着は悪い癒着。こっちの癒着は国民のための癒着。
あっちの変節は悪い変節。こっちの変節は良い路線変更。
このあたりの心理がよくわからないのですが、本来は自分や社会の経済や
生活などが良くなることを、政治に望むはずですよね。
でも、なぜかこの紅白戦に入ると、自分が拠り所としている勢力が勝つ事が
目的のようになってしまっています。
その間にも、自身の社会保障は削られ、財政の無駄が膨らんだとしても、
まるで自己犠牲の精神で耐えることが良いことであり、自己の拠り所と
する勢力を応援することの様な感じです。
前にも書きましたが、『嫌悪や憎しみという感情』は、人を操ろうとしている人にとっては、
とっても勝手のいい感情なんですよね。
何かに対する嫌悪感や憎しみを煽って、自己の勢力に引き入れる、というのは
とても簡単なことで、嫌悪や憎しみの感情を煽られることがあったら、ちょっと
冷静に、俯瞰的に物事を見てみないと、簡単に他人に利用されてしまいます。
同時に、本来の目的を忘れ、『敵の敵(=味方。心の拠り所)』を勝たせる
ことが、目的化してしまいます。
まさに思考停止状態ですよね。
今回の政権交代は、この典型的な弊害が出ているような気がします。
前政権を否定する事を『善』として政権交代が起こったのはいいですが、
その結果、単に前政権と逆の事をすれば『善』とされ、本当の国民の利益は
どんどん毀損されていきます。
政策のひとつひとつに目を向けて、良いものは良い、悪いものは悪いと個別に
判断する目を持たなければ、残るのは傷跡だけになってしまいます。
・・・って書こうと思ってたんですが、もうすでに傷だらけになってしまって、
すっかり時事ネタでは無くなってしまいましたね。。。
投稿者 senshu : 13:27 | コメント (0) | トラックバック
右派vs左派は紅白戦?イデオロギーは思考停止?
2010年3月 6日
以前からイデオロギー的な視点からの物事の善悪判断が嫌いということは
ここでも何度か書いていますが、そうした議論を見たり読んだりするのは
好きだったので、ネット上のこうした議論を結構楽しんでいました。
が、、、
なんだか楽しかったのは最初だけで、その形式的な思考方法が見えてくると、
全然面白くなくなってしまいました。
表面的には、『自民党が国を悪くした』とか『民主党が嘘をついた』とか、
『不貞外国人を排斥せよ』とか、事件や政治的な動きが起こるたびにその事象に
反応して相手方を批判するのですが、だんだんその主張がおかしくなってきます。
だんだん、というのはこういうことです。
当然に、物事にも人にも善悪が共存していて、良い部分と悪い部分があります。
でもこの場合、『悪』と決めつけたものに対する憎悪や妬みで、それと敵対
するものを『善』と決めつけ自分の心のよりどころとして出発するため、
最初のうちは、『悪』の側の悪い部分だけたたき、『善』の側の良い部分だけ
賛美していれば足ります。
ポイントは、まず間違いなく『悪』に対する嫌悪、憎悪、妬みなどから始まる
ということです。
自分の理想をかなえるために『善』を選択してから始まるのではなく、『悪』
に対する裏返しとして、時にはこじつけに近い理屈で『善』を選びます。
この、『悪』に対する嫌悪も、かなり多くの場合、自己への不満をいびつな
形で他者に投影したものです。
そこに正義感を結びつけ、拠り所として『善』の存在を信じ込み、思考停止
すればイデオロギーの完成、という感じではないでしょうか。
ただもちろん、『善』だと思っている側にも正しくない側面が必ずあります。
政治、国家、企業、軍事、慈善事業、宗教などなど、人が心の支えとしがちな
どれをとっても、必ず善悪の側面を持っています。
でも、一度『善』と心に定めたものを否定するのは、『悪』に荷担するものと
なるため、批判や否定が出来ません。
なぜなら、出発点が「自己の理想のために必要な存在としての『善』」を
選んだわけではなく、憎らしい『悪』を叩くための『敵の敵』として選んだ
だけだからです。
長くなりそうなのでまた続けます。


