TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み
インターネットマーケティングとリスク管理

TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み:2010年5月分

システムは目に見えないところが重要だから・・・良心的なパートナーであり続けるために、適正価格にこだわります。

TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み 2010年5月のアーカイブ

« 2010年4月 | TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込みTOP | 2010年8月 »


思ったとおりに体が動かない  ドラムと体の事をまとめてみる(2)

2010年5月 3日

ドラムの練習を始めたときに言われた言葉に、
『グルーヴを歌えれば体が自然に動く』というものがありました。
 
楽器やスポーツの練習をはじめたときなどに、同じようなことを言われた経験は
無いでしょうか。
上手な人にとっては、ああしたい、と思うとおりに体が自然に動くことであっても、
苦手な自分にとっては、全くもって無理でした。
 
野球にしても、サッカーにしても、かけっこにしても、思うように体が動かず、球を
捕ったり、蹴ったり、走ったりすることができません。
これがまさに、運動音痴だということであり、これはもう天性のものだとあきらめて
いました。
 
 
流れとしてはこんな感じです。
例として、自分が中学のときに学んだ陸上の短距離を思い出して考えたいと思います。
 
 
 
テーマが与えられる 『速く走ろう』
 ↓
方法を教えられる 『腕を強く振る』『脚を高く前に出す』
 ↓
練習する 『腕を一生懸命強く振る』『脚を一生懸命高く前に出す』
 ↓
足りない部分を補う 『筋肉をつける』
 ↓
練習する
 ↓
出来ない。置いていかれる。
 ↓
練習する
 ↓
出来ない。出来る人はもう出来ている。自分は運動が出来ない。
 
 
概ねこんな感じです。
 
 
 
こんなことを、学生の当時は何の疑問も感じずにやっていて、結果できなかったから、
がんばっても出来ないのだと思い込んでました。
 
いま思えばこんなもったいないことは無かったし、大人の頭で考えれば、この流れの
中だけでも無数の疑問が浮かびます。
 
 
 
まず、速く走るために必要なことである、『腕を強く振る』『脚を高く前に出す』という
ことについて、いくつもの疑問が浮かびます。
 
腕を“強く”というのは、どの程度強くなんだろう。
脚を“高く”というのは、どの程度高くなんだろう。
そのほかにも、どのタイミングなのか、主にどこに力を入れれば良いのか、
疑問は尽きません。
 
学生時代はそれこそ必死に、より“強く”より“高く”腕や脚を動かそうとしてました。
が、結果全く速くならず。。。
 
出来る人を見ても分からないし、先生などに聞いても同じ事を(『強く』『高く』)を
繰り返すだけで、理解できないことをもどかしそうにされてしまう始末です。
 
 
 
いまであれば、これについていくつか解決方法を検討できます。
 
まず、“強く”“高く”という相対的な言葉が出てくることについては、
『誰かの経験から来ている言葉だろう』と疑ってみることです。つまりその人にとっては、
“より強く”、“より高く”という解決方法で、速度を上げることが出来た、という個人の
経験に従ったものだろうということです。
それが『結果として』理にかなったものであった場合、その言葉は、他の多くの
プレイヤーにも共通の経験をもたらし、“強く”振ることと“高く”上げることが
『速く走るための方法』として、定着したのだろうということです。
 
 
次に、ただ“強く”すればいいのか、“高く”上げればいいのか?という疑問が浮かびます。
腕を強く振るというのは、ひとつの方法しかないのだろうか、高く上げるというのは
ひとつの方法しかないのだろうか、つまり、その“強く”“高く”という言葉だけで
正しい動かし方が伝わるのだろうか、という疑問です。
 
当然というか、なんというか、私には伝わりませんでした。
より“強く”、より“高く”していたつもりですが、それが走る速さにつながっていたかと
言えば、おそらくそうではなかったでしょう。
 
 
これが出来る人は、運動神経のいい人、出来ない人は、運動神経の悪い人、
そんな感じですよね。
 
 
さらに悪いのは、その次の手順、『筋トレ』です。
筋肉をつければ速く動く、強く動く、という理屈です。
ある意味、それは正しいかもしれません。が、あくまで、力学的な話であり、それが
走る速さに通じるとは限りません。
いくつかのパターンで、それは逆効果になりますが、そのことについては後述します。
 
 
 
長くなりましたので続きは次にします。
 
 
 

投稿者 senshu : 13:12 | コメント (0) | トラックバック


運動音痴は作られたもの ドラムと体の事をまとめてみる(1)

2010年5月 1日

久々に更新、というか、新しいシリーズをまとめてみたいと思います。
 
 
1年近く前、35歳にしてドラムを始めました。
学生の頃に遊びでやってたことはあったのですが、自分は運動音痴だし、
才能はないしと思い、その後は全然練習などしていませんでした。
 
 
それがなぜ突然かというと、以前のエントリーにも書きましたが、日本を
代表するドラマーの御大に出会い、
「俺のいうとおりに半年練習すれば、何年もやってるやつより遙かに上手くなる」
という言葉にそそのかされたからでした。
 
そこでいわれたのが、これも前に書きましたが
『イスは高くしろ。脚を上げて落とすだけでペダルが踏めるように』
『手のひら、手首、肘、肩、何処にも絶対に力を入れるな
 大きな音を出したいときでも、各部位の弱い力の足し算で強い力になる』
『叩く前に叩きたい音を歌ってみろ 自然にその通りに叩けるようになる』
『肩から手の先、スティックまで力の通り道がある それを自分の体で確認しろ』
 
だいたい、こんなところです。
 
あとは、
 
『グリップなんか自由でいいんだ』
『叩けば戻ってくるから世界一力を使わない楽器だ』
 
などなど、でした。
 
 
かなりあっさりした内容でしたので、一見簡単に思えたこともあり、それぐらい
なら守れるかなと思って、普段からお邪魔しているスタジオが空いてるときに、
ちょっと部屋を借りて練習させてもらったりしたのがはじめでした。
 
 
 
これが、自分の人生の中でちょっとした衝撃になるほどの、壮大な経験への
入り口でした(笑)。
大げさな書き方ですが、自分が"運動音痴"と思い込んで来たことを後悔し、
さらにはこれまで教育の中で接してきた体育の先生全員を恨むぐらい、実は
単純なことなのに、何で今まで教えてもらえなかったのだろうという悔しさは
ひどく感じます。
 
(教育についての恨み言は、一連のエントリーの中で、どこかで
 まとめたいと思います。。。)
 
 
 
その後の経過から現在の状態までについては、また別途まとめるとして、
簡単な結論から。
 
 
体を動かすこと、スポーツや楽器の演奏が上手くなる方法は、
『自分の体との対話しかない』
ということです。
 
そのために必要なのは、体がどういう作りをしているか正確に把握し、
その構造がどのように動くのが自然かを把握し、
不自然な動きを排除してトレーニングを積む、という事です。
 
 
これは、ピンと来た方もいらっしゃるかもしれませんが、いわゆる
『アレクサンダーテクニーク』のメインの理論ですね・・・
行き着いたところが、すでに100年近く前から研究が進められていた
理論だったなんて、教育を恨む気持ちもわかって頂けるかと。。。
 
 
もちろんそんな長く研究されてきた理論と同じ事までたどり着いたわけではなく、
その課程を正確に書くと
 
 
御大の言葉を信じて練習する
 ↓
壁にぶつかる
 ↓
どうしても再現できない
 ↓
天才のいう言葉は真意が見えない
 ↓
もっと凡人にわかるように言い換えているものは無いか探す
 ↓
自然に動くってどういうことだ?
 ↓
そもそも、動く物の構造を把握して無くて動かし方を体得できるのか?
 ↓
そんなはずはないだろう。まずは体の構造の把握からだろう
 ↓
体の構造を調べる+運動と関連している解説を探す
 ↓
とあるドラム教室のウェブでいろんな解説を見る
 ↓
体のつくりと動きを知り、上達したり壁にぶつかったり繰り返す
 ↓
もやもやした物が解決しそうになり、いろいろわかりそうになる
 ↓
アレクサンダーテクニークに行き着いて、とっくに理論立てられている事を知る
 ↓
経験と関連づけて消化してみる
 ↓
御大に話してみる
 ↓
御大は自分の体との対話だけで行き着いていたことを知る。。
 
 
 
1年弱掛けて、こんな過程です。
感想としては、やっぱり天才っているんだなということです。
自分の体と対話する天才。これが、一流のアスリートやミュージシャンの
本質なのかもしれません。
 
 
じゃあ凡人はどうか。特に私のような、運動については凡人以下の運動音痴の
人間はどうか。
これが、自分の人生の中でもちょっとした衝撃だった結論なのですが、
 
 
『手順さえ知れば、かなりいい線まで行く』
 
 
といえます。間違いなく、ドラムに関しては言えます。
 
 
と同時に思い知らされたのは、
・いままでいかに、自分の体の構造、動かし方を知らずに来たかということ
・運動を教える方法が間違っているか、ということ
・運動に長けている人にも2種類いる。それは
 自然な動きを会得するまで無理せず じっと耐えながら正しい練習を
 重ねて、結果大きく伸びる人 と
 ある程度の動きから先は、過剰な筋肉や無理なひねり、ねじりなどを
 使って、技術を手に入れるけど、その分ほかの可能性や将来性を失っている人
・無数にあるドラム教室やドラム教則本、映像などで、いかに間違った
 練習法を垂れ流しているか、ということ。
 しかも、その先生(ちょっと上手い人)の経験に基づいた、かなり限界が
 低い上に、体を壊すリスクが高いだけの物が多いということ
 おそらくそれは、ゴルフやテニス、ボーカルスクールなどでも言えるかも
 しれません。
 
 
そして、
 
 
・運動音痴はいない、ということ。
 
 
 
この1年弱、実際にいろいろ考えて試して、調べて行き着いたことを
今後しばらく掛けてまとめてみたいと思います。
 

投稿者 senshu : 13:37 | コメント (0) | トラックバック