TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み
前: 運動音痴は作られたもの ドラムと体の事をまとめてみる(1) | TI千秋の未来永劫適正価格で囲い込み | 次: さあ、何から書こう。。。
思ったとおりに体が動かない ドラムと体の事をまとめてみる(2)
2010年5月 3日
ドラムの練習を始めたときに言われた言葉に、
『グルーヴを歌えれば体が自然に動く』というものがありました。
楽器やスポーツの練習をはじめたときなどに、同じようなことを言われた経験は
無いでしょうか。
上手な人にとっては、ああしたい、と思うとおりに体が自然に動くことであっても、
苦手な自分にとっては、全くもって無理でした。
野球にしても、サッカーにしても、かけっこにしても、思うように体が動かず、球を
捕ったり、蹴ったり、走ったりすることができません。
これがまさに、運動音痴だということであり、これはもう天性のものだとあきらめて
いました。
流れとしてはこんな感じです。
例として、自分が中学のときに学んだ陸上の短距離を思い出して考えたいと思います。
テーマが与えられる 『速く走ろう』
↓
方法を教えられる 『腕を強く振る』『脚を高く前に出す』
↓
練習する 『腕を一生懸命強く振る』『脚を一生懸命高く前に出す』
↓
足りない部分を補う 『筋肉をつける』
↓
練習する
↓
出来ない。置いていかれる。
↓
練習する
↓
出来ない。出来る人はもう出来ている。自分は運動が出来ない。
概ねこんな感じです。
こんなことを、学生の当時は何の疑問も感じずにやっていて、結果できなかったから、
がんばっても出来ないのだと思い込んでました。
いま思えばこんなもったいないことは無かったし、大人の頭で考えれば、この流れの
中だけでも無数の疑問が浮かびます。
まず、速く走るために必要なことである、『腕を強く振る』『脚を高く前に出す』という
ことについて、いくつもの疑問が浮かびます。
腕を“強く”というのは、どの程度強くなんだろう。
脚を“高く”というのは、どの程度高くなんだろう。
そのほかにも、どのタイミングなのか、主にどこに力を入れれば良いのか、
疑問は尽きません。
学生時代はそれこそ必死に、より“強く”より“高く”腕や脚を動かそうとしてました。
が、結果全く速くならず。。。
出来る人を見ても分からないし、先生などに聞いても同じ事を(『強く』『高く』)を
繰り返すだけで、理解できないことをもどかしそうにされてしまう始末です。
いまであれば、これについていくつか解決方法を検討できます。
まず、“強く”“高く”という相対的な言葉が出てくることについては、
『誰かの経験から来ている言葉だろう』と疑ってみることです。つまりその人にとっては、
“より強く”、“より高く”という解決方法で、速度を上げることが出来た、という個人の
経験に従ったものだろうということです。
それが『結果として』理にかなったものであった場合、その言葉は、他の多くの
プレイヤーにも共通の経験をもたらし、“強く”振ることと“高く”上げることが
『速く走るための方法』として、定着したのだろうということです。
次に、ただ“強く”すればいいのか、“高く”上げればいいのか?という疑問が浮かびます。
腕を強く振るというのは、ひとつの方法しかないのだろうか、高く上げるというのは
ひとつの方法しかないのだろうか、つまり、その“強く”“高く”という言葉だけで
正しい動かし方が伝わるのだろうか、という疑問です。
当然というか、なんというか、私には伝わりませんでした。
より“強く”、より“高く”していたつもりですが、それが走る速さにつながっていたかと
言えば、おそらくそうではなかったでしょう。
これが出来る人は、運動神経のいい人、出来ない人は、運動神経の悪い人、
そんな感じですよね。
さらに悪いのは、その次の手順、『筋トレ』です。
筋肉をつければ速く動く、強く動く、という理屈です。
ある意味、それは正しいかもしれません。が、あくまで、力学的な話であり、それが
走る速さに通じるとは限りません。
いくつかのパターンで、それは逆効果になりますが、そのことについては後述します。
長くなりましたので続きは次にします。
投稿者 senshu : 2010年5月 3日 13:12
このエントリーのトラックバックURL:
http://hayakei.jp/mt/mt-tb.cgi/508


